第45章 らしい名前をつけましょう
私語厳禁、といつも生徒に言うくせに、目の前の担任が向にキツく当たる言葉はもう、轟にとっては私語にしか聞こえない。
担任に連行され、ミッドナイトにも深々と頭を下げる向。
轟は無言で、アイドル路線まっしぐらのヒーロー名が書かれた手元のフリップを見下ろした。
(………。)
「あっ、轟くんできた!?はい張り切ってどうぞ!」
まるでバラエティ番組のような司会役を務めるミッドナイトに促され、轟はフリップをトッと教卓に置いた。
「…焦凍」
「名前!?いいの!?」
「ああ」
轟が持つフリップには、表面に「ショート」という彼の文字、そして裏面には「ケーキヒーロー、ショート」なんて彼女の字が刻まれている。
自分にしか見えないそのヒーロー名を眺めて、轟はふっと口元を緩めて、向に視線をやった。
「……。」
『……!』
向は轟と視線を合わせて、少しだけ笑みを作ると、また自分のフリップに視線を落とした。
見慣れた彼女の字が、彼の手元に存在している。
寝袋に再び納まったまま、教壇に座り込んでそのフリップに視線をやっていた相澤は、少しだけ眉間にしわを寄せて。
口元まで、寝袋を引っ張り上げた。
「残ってるのは再考の爆豪くんと…向さん、飯田くん、そして緑谷くんね」
「天哉」と書かれたフリップを教卓に置いた飯田に続いて、緑谷が「デク」と書かれたフリップを掲げた。
いいのかと問いかける同級生たちに、緑谷は答える。
「今まで好きじゃなかった、けどある人に「意味」を変えられて……僕にはけっこうな衝撃で…嬉しかったんだ」
(………あぁ、わかる)
胸を張って言う緑谷の言葉を遠くで聴きながら。
轟はずっと、彼女の後ろ姿を眺めていた。
ーーー焦凍はショートだから、ショートケーキね!
嫌だった。
そう呼ばれると、いつも嫌な記憶が思い出されて。
けれど、もうその記憶は「嫌な記憶」なんかじゃない。
鮮明に思い出して、考えてみると。
あまりに懐かしくて、心が震える。
大切な家族のひと時だった。
『良いじゃん、焦凍らしい』
わかるよ、緑谷。
俺にとっては衝撃で、すごく嬉しい。
俺を見て、あいつがそう名付けてくれたなら。
それ以上に俺を表す言葉はないと思うから。