第42章 、おまえが好きだ
『本当、申し訳ない』
「…おまえ、危なっかしいよな。…心配で、放っておけねぇ。家まで出来れば送りたい」
『うっ、家まではちょっと』
「相澤先生と住んでるからか」
『はははお戯れを!!住んでないけどほら、恥ずかしいから!!』
「………。」
轟はじっと向を見つめ、『そろそろ帰ろう!』とベンチから立ち上がろうとした彼女の手を掴んだ。
「…向」
『えっ』
「俺は」
ポトリ、と。
何かを言おうとした轟の手に、雫が落ちた。
二人が空を見上げた直後。
雨が降り始め、急に二人の身体を濡らし始めた。
『わっ、冷た』
「…向、遊具の下に」
ザーザーと降りしきる雨の弾幕から逃げるように、二人がトンネル状になった遊具の中へと場所を移した。
『日本にもスコールって…完全に異常気象だよ、最近は』
「…人間に超常が起こってから、それまでの生態系も崩れてるみたいだしな」
『焦凍、傘持ってる?』
「持ってない」
『奇遇だねぇ、天気予報見ない派?』
「見ても傘持たねぇ」
『えぇー…風邪引くじゃん』
「引いたって別に」
誰も心配しねぇよと、濡れた犬のように濡れた頭を横に振る轟。
向は鞄からハンカチを取り出し、轟の頭にそれを置いた。
「いい、自分先に拭けよ」
『大丈夫大丈夫、風邪引かないから』
「……。」
轟は、大人しく頭をわしゃわしゃとハンカチで拭かれたまま、じっと向を見つめた。
異性と至近距離で向かい合っているにも関わらず、照れもなく世話を焼いてくれる彼女を眺めて、轟が問いかけた。
「…慣れてんな」
『……ん?………ははは、昔犬飼ってたから』
「俺は犬か」
『あはは』
一切目を合わせてくれない彼女の首筋から、雫が一筋、胸元へと流れた。
濡れた長い髪の毛先から、雫が一滴、落下する。
顔に貼り付いている向の前髪を、轟が指先でかき分けた。
『…ありがと』
「………。」
ふわ、と笑って、一言だけ。
彼女は轟に伝えると、また視線を上へと逸らしてしまった。
見つめ続けて、気づいた。
彼女が意図的に、気づかないふりをしていることに。
「………向」
そう、思ってしまうと。
轟はなんだか無性に悔しくなって、彼女の手首を優しく掴んだ。