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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第42章  、おまえが好きだ




駅を出てからの数分間。
私から隠すような位置で握られたままの彼の拳が、ずっと震えていることに気づいた。
謝り続けて、言葉を尽くして。
それでも、拭い去れない彼の恐怖心。
それほどまでに、恐ろしい思いをさせてしまったんだと私は自覚して、何か良い方法はないだろうかと、彼と視線を合わせることなく考え続けていた。


(……あ)


『ちょっと待って』
「……?」


自販機の前で足を止めて、ボタンを押した。


『はい、あげる』


彼は向の手に握られた缶飲料を見て、首を横に振った。


「向、悪ぃ。俺おしるこ好きじゃねぇ」
『えっ、そうなの?だって…』
「俺が最初にこれを選んだのは和食が好きだからじゃねぇよ。忘れてるだろうけど、おまえが俺と、学校外で初めて会った時…おしるこって飲んだ事あるかって、俺に聞いたんだ」


それ、思い出した。
穏やかに微笑む轟を見て、向は少しだけ無言になった。


『…じゃあ、何か好きなものを選んでほしいな』
「…いらねぇよ、別に」
『気が晴れない、こんなものじゃお詫びにならないとわかってはいても』
「なんか、ひと月前の話なのに懐かしいな」


轟は笑みを浮かべたまま、ぼんやりと自販機に向き直った。
向はそんな彼の隣で、雲行きが怪しくなって来た空を見上げて、物思いにふけっていた。
そのまま、数分。
二人で無言のまま、立ち尽くして。
向が、ハッと轟の視線が自販機ではなく、向の横顔に向けられていることに気づいた。


『焦凍、見る方向違う』
「…見たくなった」
『お、おぉ……べ、別の機会に』
「別の機会ならいいのか」
『ハイハイ、早くしないとおしるこもう一本買うよ?』


つれねぇな、と真顔で呟いて、彼が「お茶でいい」と自販機を指差した。
無表情に見える彼の雰囲気は、次第にいつも通りのものへと近づいてきた気がした。


「…なんか、ほんと懐かしいな」
『そうかい?どうぞ』
「向、仲直りがしたい」
『………。』
「知りもしないのに、おまえを質問責めにして悪かった。…けど、あれから何度考えても…諦められそうにねぇ。おまえのタイミングでいい。…話してくれねぇか」


ゆっくりと染み渡るような彼の声。
向はその彼と見つめ合い、答えを返した。

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