第40章 世間は狭い
「なぁイレイザー、子猫ちゃんの部屋のことだけどよ」
「話しかけるな」
夕方の職員室。
傾いてきた日を遮る為にブラインドを降ろしたセメントスを眺めながら、こっそりとプレゼント・マイクが相澤に耳打ちしてきた。
山積みになっているヒーロー事務所からの指名申し込み書類をものすごい勢いで処理しながら、相澤がマイクに返事を返した。
「とっとと指名事務所リストアップして、帰るんだよ俺は…!」
「今日は定時にゃ帰れねえって!諦めて、おまえのドライアイの為にも瞬きぐらいしてやれよ!…それはそうと、俺思ったんだけどよ、子猫ちゃんあの年頃にしちゃ…物の量が少なすぎねぇか?ミニマリストかよ」
「…好きなもの買ってこいって言っても買ってこない。欲がねぇんだよ」
「欲がねぇ…ちょっと遠慮されちゃってるんじゃないのー?」
「黙らないとおまえにも仕事回すぞ」
「ちゃんと腹割って話したことあんのおまえら?俺はすげぇ心配だよ」
「……勝手に言ってろ」
「相澤くん!ネットニュース見た!?」
ガハッと吐血しながら、オールマイトが職員室に飛び込んできた。
その只ならぬ様子に相澤は目を見開き、ようやく作業の手を止めて振り返った。
ザワッと相澤の背筋が一瞬で冷えて。
オールマイトから告げられた「事件」の一報に、彼は呼吸を忘れた。
(…カラオケ、楽しかったな)
応援ソングを熱唱する切島。
アイドルソングを完璧な振り付けと掛け声と共に披露してくれる上鳴。
洋楽ロックを流暢な発音で歌い切る爆豪。
きっと今日は、いつも一緒にいるメンバーしか知らない珍しい一面を垣間見ることができた。
(…勝己が歌ってた曲、忘れちゃったからもう一度曲名聞いてみよう)
幸福な気分に満たされながら。
遠くの踏切の音を聞いていた。
意識の外に全ての騒音を押しやって。
友人たちとの喧騒の余韻に浸っていた。
「おまえのせいだからな」
向がその声に振り向く瞬間。
背中を、誰かに押されてホームから落下した。
頭を線路に打ち付ける直前。
急ブレーキの音と共に、電車が飛び込んでくるのを見た。