第38章 救いようがない
囁くような彼女の声が聞こえた。
心臓が跳ねて、目を開けた。
彼女はソファに腕を乗せ、その腕に顔を埋めながら、口元を隠すように。
潤んだ瞳で俺を見つめていた。
数秒間、見つめあって。
『……お水、持ってこようか』
また彼女が視線を逸らし、立って側を離れようとするその手を掴んだ。
「…いらない」
あんなに、馬鹿みたいに酒を飲まなきゃよかった。
心音が頭に響くほど高鳴って、うるさい。
どう答えればいいのか。
どう反応を返すのが正しいのか。
冷静に考えたって、思いつかないのかもしれないが、それでも。
「深晴」
こんな風に、名前を呼んで。
抱きしめて、引き止めることが許されない事ぐらい、頭がいつも通り働いていれば理解できたはずだ。
『…っ違、あの…さっきのは』
「今は、酒が入ってる」
『……え、うん、そ、そうみたいだね』
「だから言いたくない」
『……』
(ーーーあぁ、何言ってる。黙れ)
『………言わなくていいよ。お酒が抜けても、言っちゃダメだから』
「…言う」
『はいはい』
「なんだはいはいって」
『酔っ払いの戯言は聞いていられませんので』
「………。」
あぁ、そういえば。
抱きしめて、後悔したばかりだったじゃないか。
それに、マイクが見せてきたあのデート写真。
もしかしたら、俺が知らないだけで。
「…付き合ってるのか、爆豪と」
『……だったら何?』
また、突き放すような彼女の言葉。
俺はどう答えていいのかわからずに、ただ彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
「…どうもしない」
『…離して。お酒くさい』
離したくない。
『水持ってくるから』
酔いから覚めたくなんてない。
このまま。
ずっと、このまま。
「手放したくない」
胸に抱きしめた彼女の耳に、俺の心音がどれほど伝わっているのかはわからない。
夢か現実かわからなくなるほど、酒に溺れて。
どこまで俺は情けなくなれば気が済むのか。
「…。」
見つめ合い、少し紅潮した彼女の頬に言葉を失って。
俺は彼女に口づけを求めて、唇が触れる寸前。
彼女の指先が俺の口に触れた。