第38章 救いようがない
言葉もなく、制止された。
彼女は柔らかい笑みを浮かべて、相澤の頬を撫でた。
『……酔い過ぎだよ』
彼女はそう言って、相澤をゆっくりと押しのけ、キッチンへと向かっていった。
腕からすり抜けた温かさに、名残惜しさを感じて。
相澤は、自分がしでかした失態に顔を覆い、ソファに背中から倒れた。
「……………悪い」
『ううん』
水の入ったグラスを相澤に渡して、彼女は何かを考えた後、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
『避けたりしてごめんなさい。どう接していいかわからなくて』
「……謝らなくていい、俺が悪い」
『そんなことはないよ』
「いや、俺が悪い」
『…違うよ』
『二人の関係に問題が起こるなら、それは片方だけのせいじゃないよ』
相澤はその彼女の言葉に目を丸くした。
向は、穏やかに笑って、相澤が横になっているソファの空いたスペースに腰を下ろした。
『…勝己とは付き合ってないよ。良くは思ってくれてるようだけど、それだけで。私は…良くも悪くも今のままがいい』
「…もう前のようには戻れない」
『…戻らなきゃ一緒にはいられない。これ以上近づくことは、お互いに許されてはいないんだから』
「………。」
許される、という彼女の言葉に違和感を感じ、相澤はじっと向を見上げた。
『……何も食べずに飲んでばっかりいたんだね。軽いもの作ったけど、ご飯、少しなら食べれそう?』
そう言う彼女の背を追って。
料理が並べられたダイニングテーブルを見下ろして、彼女と向かい合い、座席についた。
『いただきます』
両手を合わせて、礼儀正しく。
いつも通りに振舞ってみせる彼女を見て。
「……いただきます」
相澤も、両手を合わせ。
彼女の作った料理を口にした。
昨日の夜と、今朝の朝ご飯。
独りで食べた食事は、やっぱりどこか味気なく。
けれど、彼女と食べる食事は温かく、しっかりとした味がした。
『美味しい?』
そう問いかけてくる彼女に、相澤は箸を止めて、言葉を返した。
「……あぁ、美味しい」