第38章 救いようがない
彼は向から見た限り、教師の仕事もそつなくこなしているように見えるし、ヒーローの仕事でも大きな怪我をして帰ってきたことはない。
とても優秀な男性なのだろう。
けれど、なぜか。
一箇所だけ心が欠けてしまっているかのように、自分自身に対して全く関心がない。
仕事以外で執着するものといえば、睡眠だけ。
食事も身だしなみも、彼にとっては必要のないものなのだろう。
(…料理、私が一人で食べることになるから食べてくれてるんだろうか)
朝と夜。
計二食を二人で食べている他、学食で見かける教師陣の中に相澤の姿を見つけたことはない。
ふと考えて。
あぁ、そんな時にでも、彼の姿を探してしまっていたのかと、少し悲しくなった。
『マイク先生、良ければベッド…』
着替えて、リビングに戻ると。
喜怒哀楽豊かに騒いでいたマイクが、床に寝っ転がって眠ってしまっていた。
個性で彼を浮かせ、迷った末。
明日の朝、家主にベッドから蹴り出される彼を想像し、向のベッドに寝かせることにした。
(…さて。消太にぃは、起こしても起きないからなぁ…)
とりあえずブランケットを彼にかけ、食べるのかはわからないが、食事の準備を始めることにした。
テーブルを片付け、キッチンに立って。
料理が出来上がっても、どちらかが起きてくることはない。
時刻は20時30分。
二人がけ用のソファしかないため、向はソファとローテーブルの間に座り、ぼんやりと彼の寝顔を眺めた。
指先で何度か、彼の長い前髪に触れて。
(………。)
彼の耳にかけ、触れるのをやめた。
なんだかとても、罪悪感で心がいっぱいになった。
ーーー俺と、このままか。
ーーーそれとも、もっと近づくか。
(…近づくつもりなんかないくせに)
彼の言葉を聞いて。
喜んだのは、束の間の出来事。
自分の真っ赤に火照った顔を鏡で見て、その幼さに、落胆した。
自分は、未だ、彼と並んでは歩けない。
何もかもが劣り、対等ではない。
その志も、強い精神も、気高いヒーローとしての眼差しも。
何もかもが私には足りない。
二人手をとって、街を歩けば。
きっと人々は言うだろう。
仲のいい恋人ではなく、仲のいい兄妹だと。