第37章 束の間の夢
彼女は笑ったまま、轟が左肩にかけている紙袋の紐へと手を伸ばした。
轟は彼女の手を右手で捕まえて、グッと力を込めた。
「…向、俺はおまえを救いたい。気が向いたらでいい、おまえが何を考えてるのか、どうして相澤先生のところにいるのか話してほしい」
向はその言葉を笑顔のままに受け止め、反対側の手で轟の手を剥がして、紙袋を肩にかけた。
『…荷物、持ってくれてありがとう。今日はここで。どこから相澤先生が出て来たのかはわからないけど…なんて言えばいいのかな、ええと、あぁそうだ』
『私の邪魔、しないでくれる?』
口角だけ、上に引き上げて。
向は瞬きもせず、轟を視界に捉え、低い声色で意思を伝えた。
救いたい、という言葉に対して。
彼女から轟に与えられたのは、はっきりとした拒絶だった。
目を見開いた轟の横を、向は笑みを消して通り過ぎ、『また学校で』なんて他人行儀な言葉を口にした。
「……っ向、俺は…おまえが」
轟が振り返った時。
彼女の姿はそこにはなかった。
一瞬で失った彼女の気配に、轟が周囲を探すも、後ろ姿さえ見当たらない。
結局、何一つ。
彼女の口から答えを得ることが出来なかった。
(……向、何考えてる)
邪魔をしないで、という口ぶりで。
彼女になんらかの目的があることはわかった。
そして、轟には彼女の目的に思い当たる節がある。
彼女の目は、以前の自分と同じ光を称えていた。
彼女が空を見上げる一瞬。
微かに宿る、暗く濁った復讐の兆し。
(………絶対に)
救い出す
望まれていなくとも
それを、ヒーローを目指すと決めた、自分の第一の目標としよう。
轟は決意を胸に秘め、まるで一瞬の出来事のように終わってしまった彼女とのひと時を、振り返った。
そして、彼女にまた会えるのは明後日かと。
ほんの1日。
その程度の時間が、とても長く思えて仕方がない。
(…早く、学校始まんねぇかな)
なんて。
柄にもないことを思い浮かべつつ。
轟は一人、帰路についた。