第37章 束の間の夢
初めて二人で帰った日のことを、今でも鮮明に思い出せる。
彼女は学校の最寄り駅に着くやいなや、急に買い物を思い出したと言って、轟に別れを告げ、人混みに姿を消した。
きっと、自分の住んでいる駅を轟に知られないためだったのだろう。
登下校では細心の注意を払っているのか、私服姿の向を轟の家近くの浜辺、自動販売機の前で見た以外には、同じ地区で見かけたことはない。
推察に過ぎない「同じ駅近くに住んでる」という轟の言葉を信じたのか、それを確かめる為なのか。
向は轟の言及を上手く逃れながら、電車を降りて、改札を出た。
『焦凍はこの近くに住んでるの?』
「…俺ばかり答えてる。もう教えない」
『あはは、すねた』
「…すねてねぇよ。おまえ、友達だ寄り道だって騒ぐくせに深く関わるのは避けるって、矛盾してねぇか」
『そうかなぁ。深い付き合いの友達はいらないよ。広く、浅く、上辺だけで良い』
「俺は良くない」
『へぇ?体育祭で変わったね』
「……おまえと、緑谷とぶつかったからな」
『それは良かった』
にこにこと、言葉を途切れさせることのない向に、轟が少し表情を曇らせた。
体育祭で見せた、彼女の激情。
その理由が知りたいのに、彼女はそんなことを轟に聞かれて、打ち明けるつもりなど毛頭ないらしい。
「…向」
『…ん?』
「おまえがどうして「そう」なのか。知ってる奴はいるのか」
『今日の質問はそれに決めたの?』
「この程度のこと、カウントするなよ。答えたって差し支えないだろ。差し支えないものまで限定するのなら、ただの会話も成り立たねぇ」
『………。』
「隠したいなら、隠せばいい。絶対に踏み荒らしたりしねぇから、遠ざけんのはやめてくれ。おまえに壁を作られんのは、他の奴との間に壁ができるのとは訳が違う」
『……私がどうして「こう」なのかは、知ってる大人も友達もいるよ』
「…今、身近にいる大人は?」
『身近の定義によるけど、知らない』
「……。」
(……相澤先生は、知らねぇってことか)
安心しかけて、ふと思い出した。
彼女を知ったつもりになっていた自分のことを。
「…やっぱりダメだ。推し量る会話じゃ意味がねぇ、おまえに言葉で伝えてほしい」