第37章 束の間の夢
ーーーごめん、また目眩がしてきたからもう横になるね
「………。」
一人きり。
静かなリビングでソファに倒れ、無味乾燥な天井を見上げていた相澤は、昨夜の出来事を思い出していた。
少し、調子に乗りすぎた。
彼女の反応が想像していたものよりも、断然良くて。
使ってはいけない言葉を口走った。
押し殺さなくてはいけない感情を、彼女に押し付けた。
その結果が、このザマか。
せっかくの休みだというのに、彼女はまるで相澤と距離を取るかのように出かけて行った。
用事は夕方からだと、言っていたはず。
「………バカが」
救いようがない、愚かな自分。
今まで自分は一体何のために、どれほどの感情を押し殺してきたのか。
ただの、一瞬。
抱擁を許されただけ。
勘違いにもほどがある。
「…………クソ」
死ね、と。
自分の教え子のような言葉を口走りそうになり、危うく踏みとどまった。
頭の中で、USJで死柄木に言われた「生徒にモテないぜ」なんて言葉が頭に浮かぶほどには重症だ。
(何が選べだ、バカか。選ばれたって応えてやれない、あいつの言う通り、俺は今雄英を離れるつもりはないのに)
後悔しても、もう遅い。
聡い彼女は気づいただろう。
一緒に暮らしてきたはずの、唯一の頼りの大人が、自分に対して醜悪な感情を隠し持っていたことに。
(………死ね)
ーーー俺と、このままか。それとも、もっと近づくか。
(死んじまえ)
彼女が、もしも。
帰ってこなかったらどうしよう。
(何が大人だ、何が居場所を、だ)
情けない。
恥ずかしい。
出来ることなら、昨日の夜に帰りたい。
彼女と二人、いつもの当たり障りのない会話をして、彼女の用意してくれた食事を一緒に食べて。
「ここ」にいる時間だけは、誰にも邪魔されることのない、二人だけの時間だったのに。
ぶち壊したのは自分だ。
呪うべきは自分。
悪いのはどうしようもなく脆くて弱い、格好の悪い自分。
深晴、と。
なんの物音もしない部屋に、静かに響いた相澤の言葉。
その悲哀に満ちた呼びかけに、今や答えてくれる人は無い。