第36章 1位の彼と私
『勝己、ごめん離して』
「黙って歩けや」
『私……』
大切な人がいるから、と。
背中越しに聞こえてきたその言葉に、爆豪が一瞬目を丸くして、歯を食いしばった。
「知らねぇよ」
そう言いながら、手を引いて足早に歩き続ける爆豪の表情は、引っ張られ続けている向からは見えない。
『ねぇ、待って』
「てめぇが」
商業施設から出て、人気が少なくなったところで爆豪が足を止め、振り返り、向を見下ろした。
いつもとは違う、その表情に向は息を呑み、言葉に詰まった。
「てめぇが誰をどう思ってようがどうだっていいんだよ。てめぇは俺のもんだ、自覚しろ」
『ど…どうでもよくはないよ』
「どうでもいい、あんなダッセェ服着てようが何も干渉してこねぇ奴なんざ相手にならねぇ。遊ぶ相手がいないだぁ?遊びもしねぇで何が大切だボケ付き合ってるつもりか死ね」
『死なないし、付き合ってもないし』
「だったら何の問題もねぇだろうが、ふざけてんのか」
『いやふざけてないし…私は、別に…何もなくたって大切に思ってる人がいるだけでいい』
「アホか、どこの僧侶だテメェは」
爆豪は向の腕を掴み、ぐいっと引き寄せて、前屈みになった。
至近距離で爆豪に瞳を覗き込まれ、向が目を丸くする。
「触れたいって思うのは当たり前ェだろ」
『………!』
「干渉もしねぇ遊びにも行かねぇ、挙げ句の果ては付き合いもしねぇ…そんなクソ野郎と、干渉して、自分好みにして、何もかも全部俺無しじゃ生きていけねぇほど支配したいと思ってる俺と比べてんじゃねぇよ」
二の腕を掴む爆豪の手に力が入る。
いた、と向が呻いたのを見て、爆豪が手を離し、また手を取って歩き出した。
向は、いつもと様子が違う同級生の剣幕に狼狽え、どう答えていいのかわからない。
けれど、はっきりと分かっているのは。
(……手、離す気ないんだろうなぁ)
人目もはばからず、向と繋がれた爆豪の手。
おそらく周囲の目を利用して、向が言う「大切な人」とやらに話が届けばいいと考えているのだろう。
彼はその荒々しい言動に反してとても繊細で、強かで、賢い。