第34章 共に在る為
「…深晴」
俺が、彼女の名前を呼ぶ時は。
その想いをいつも言葉に乗せている。
『なぁに?消太にぃ』
けれど。
おまえには、そんなことかけらも伝わってはいないんだろう。
俺がどれほどの想いを込めておまえを呼んでいるのか、気づいちゃいない。
なぜなら、深晴が名前を呼ぶ相手は俺だけじゃないからだ。
1人しかいない存在と、数多くいるうちの1人の存在の重さはあまりに違う。
臆病と、疑念と、切なさ。
彼女と出会う前から俺の心に在り続けたその感情は、今や別の意味を孕んで俺の心に居座り続けている。
「………。」
髪、乾かしてくれ。
自由になった腕で、髪をタオルで拭きながら、そんな意味不明なことを頼んでくる俺に、深晴はすぐに返事を返した。
心地よい指先の温かさと、ドライヤーの風を頭に感じながら。
俺は深晴と向き合ったまま、彼女を見つめ続ける。
彼女は俺の視線に気づき、少しだけ気恥ずかしそうに目を逸らし続けて、ようやく。
『…はい、終わり』
という言葉と共に、俺を見つめた。
微かに揺れる彼女の髪に、俺は手を伸ばして。
毛先に触れて、それでも足りず。
ゆっくりと。
彼女がいつでも俺を拒絶できるように、何度か視線で確認しながら、深晴を腕の中に抱きしめ、後ろ髪に指を通した。
「………深晴」
おまえが、愛しい。
隠さず、そう言葉にして伝えてやったなら。
それが叶う歳の差であったなら、どれだけ良かっただろう。
いつか。
独りで生き続けてきたが故に、彼女との生活の中で微かに感じる、ほんの少しの煩わしさすら、溶けるように失くなってしまえばいい。
その煩わしさを感じていられる間だけが、自分を大人として律することが出来るタイムリミットだとは理解していながら。
願わずにいられない。
このまま、ずっと。
明日なんて、来なければいいのに。