第33章 子どもの事情
いつも通りの挨拶を交わして。
いつも通りリビングへと顔を出すと、食事のいい匂いが鼻先を掠めた。
『あ、ごめん目眩ひどくて…さっき起きたから、まだご飯出来てない』
先に、シャワーへ。
そう勧めてくる彼女がキッチンから振り返り、わぁ、と嬉しそうな声をあげた。
『包帯取れたね、よかった』
なんて笑いかけてくる彼女の血色は悪く。
気になって、大丈夫かと一声かけた。
けれど、彼女が笑って大丈夫と繰り返すから、相澤はひとまず着替えを優先させ、またリビングに戻った。
冷蔵庫から水のペットボトルを取り出す相澤に、彼女は氷が三つ入ったグラスを手渡してくる。
心地よいリズムでまな板を叩く音が、また部屋に響き始め、彼は渇いた喉を潤しながら、彼女の声に耳を傾けた。
明日、焦凍と遊んでくる。
そんな淡々とした報告に、相澤も淡々と忠告を返す。
「おまえ、付き合う男は選べよ」
彼女の顔を見ることなく発した言葉を聞いて、一瞬だけ、絶え間なく聞こえていた彼女の手先のリズムが崩れた。
『…それ、どういう意味?別にそういうんじゃないし』
「…へぇ。それは失礼」
『どの立場からの忠告なの?』
「どれでもいい」
『よくない。教師の立場から生徒を貶す言葉を吐いてもいいんですか?』
「敬語はやめろ、今日はもう営業しない」
『そうですか、それは失礼』
「…何イラついてるんだ、部屋で休みたいならそう言え」
『そんなこと言ってない』
「だから言えって言ってんだろ」
『違うって』
ダンッ!という一際大きい音の後。
彼女の『いたっ』という声が聞こえてきた。
ソファに腰掛け、眉間を揉みほぐしていた相澤は無言で立ち上がると、彼女に近寄り、血が滲んだ手を掴んだ。
蛇口をひねり、流水に自分の手と一緒に、彼女の指をかざす間。
2人とも無言のまま、流れていく水を眺めた。
(…絆創膏)
リビングを振り返り、しまってある場所を思い出そうとして、そもそも買ってすらいないことに気づいた。
前を向き直す際、視界の隅に映った彼女が、耳まで真っ赤にして俯いている姿を見て。
相澤は、ただ一言。
「…絆創膏、買わないとな」
と、呟きながら。
あぁ、また部屋に無駄な物が増えていくな、なんて。
少しだけ煩わしく。
そして
嬉しい、と思った