第34章 共に在る為
相澤が、彼女に触れていない方の左手で蛇口の水を止めて、数秒。
2人で。
それぞれの指先から、水滴が落ちていくのを眺めた。
向の左手に、被さるように重ねられた相澤の右手。
彼女の手をすっかり覆ってしまうほど体格差があるその大人の手を見つめて、向は、ゆっくりと呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせようと努めた。
2人の間の沈黙を埋めるように。
シンクに雫がポツリ、ポツリと滴っていく。
「…絆創膏、買わないとな」
呟くように、声を発した彼の顔を見ることができない。
冷たい水に触れたはずの手が、まるで熱を放っているように温かい。
「……。」
彼は、急に無言になって。
向の左手の手の甲に、自分の右手の長い指を引っ掛けるような握り方で、力を込めてきた。
ドッ、と向の鼓動が速さを増し、心穏やかではいられない自分に対して、恥ずかしさのようなものが湧き上がってくる。
((……まだ))
触れていても、許されるだろうか
2人とも。
心の内で、願望に似た言葉を呟いた。
けれど、相手に聞くことは叶わない。
それが暗黙のルールであり。
大人として世間に身を置く相澤の、守らねばならない境界線だからだ。
遠縁の親戚。
担任の教師。
それ以上でも以下でもない。
もはや、それ以上にも以下にもなれない。
「……深晴」
そんなことは、とうの昔に理解している。
彼女を自分の手元に置くと決めた時、誓った。
彼女と生活を共にする。
それ以上は何も望まない。
干渉しないし、してはいけない。
もしも彼女を手放す日が来れば手放そう。
もしも彼女が自分に期待を寄せていようとも。
それが大人として、1人の少女を助けようと決めた自分に許される、最適な距離だからだ。
嫌になる程、理解しているのに。
なのに、どうしても。
「…………。」
『…消太にぃ?』
ずっと俯いていた相澤は、自分を見つめてくる向と視線を合わせた。
大きな宝石のような瞳に、自分の姿が映っているのを見て。
相澤は、ゆっくりと手を離した。
「……風呂、入ってくる」
そう言って立ち去る彼の背に、かける言葉が見つからず。
向はただ、視線だけで相澤を見送った。