第32章 大人の事情
「俺は彼女に用がある!」
「そんなの関係ないさね、とっとと出てきな!」
「重要なことだ!向と言ったか、君を俺の事務所から指名しよう!」
『……指名?なぜ』
「ほんの気持ちだ」
『……気持ち?』
「リカバリーガール、凍傷などにはなっていないんだな?」
「部外者に説明することなんかないよ!」
「部外者ではない、アレはウチの息子だ」
どうやら、エンデヴァーは向を職業体験へ誘いに来たという。
そんなことをわざわざ言いに来なくても、学校側へ指名を入れればいいだけなのだが、彼曰く、面と向かって言わなくてはいけない理由があるらしい。
「これで、帳消しにしてもらいたい」
そう言った大人の言葉が理解できないほど、向は世間に疎くはなかった。
彼女を見下ろすエンデヴァーは、お願いする立場にいながらも、首を横には振らせないような威圧感を感じさせる。
『……あぁ…お前に指名を入れるから、息子がやりすぎたことを、あまり悪く周りに言わないでほしい…ってことですかね?』
「もちろんその為だけではない。観戦した、その実力を加味しての上だ。プロヒーロー入りした後は、俺の事務所へ来い。将来俺の事務所を背負って立つ焦凍の相棒として、君をバックアップしよう」
『…焦凍の相棒?私は』
「あんな小汚いヒーローの元に入るより、話題性も人気も付いてくる。悪い話ではないと思うがな」
小汚い?と向があからさまに眉間にしわを寄せ、イラっとした顔へと表情を変える。
リカバリーガールはたしかに「悪い話ではない」と踏んだのか、渋い顔をしながらも、医務室で商談の話を持ちかけるエンデヴァーを黙認することにしたようだ。
『あのねぇ、確かにあの人はどうしようもなく怠惰で小汚いですが、それを補って余りあるかっこいいヒーローなんですよ』
「知らん。伝えたいことは伝えた。職業体験には焦凍も指名する!2人揃って俺の事務所に来る日を心待ちにしておいてやろう」
偉そうな口ぶりで言葉を終えるかと思いきや。
エンデヴァーは腕を組み、ふんぞり返って、言った。
「アレは、そう悪い子じゃない」
だから、赦せ。
そう締めくくった、1人の父親を見上げて。
目を見開いた向は、思った。
(…この人…)
焦凍に似て、不器用だなぁ、と。