第28章 凍える熱情
「…買わねえのか?」
『えっ、わぁ焦凍?だいぶ学校から離れてるのに、偶然だね』
個性把握テストが終わった、入学式当日。
なんだかまだ身体が動かし足りなくて、ランニングに出かけた時。
家の近くで向と遭遇した。
あいつは買い物に出ていたらしい。
案外力持ちなのか、2Lのペットボトル半ダースの段ボールの箱にスーパーのレジ袋を乗せて、その箱を体の前で両手にぶら下げていた。
それから数分間。
俺が向に話しかけるまで、向は道端の自販機を眺め続けていた。
「怪我、大丈夫か」
『あぁ、大丈夫!お世話になりました』
話しかけた理由はそれだけ。
けれど向がなんだか困った顔をして自販機を眺めていたから、もう少し話してみることにした。
「…手持ち、足りねえのか?」
『あぁ、違うんだよ。このおしるこってどんな味するのかなって』
焦凍は飲んだことある?
と気さくに話しかけてくる向に、俺は隣に並んで自動販売機を眺め、首を横に振った。
『好きなもの買って来いって家族に言われたから、スーパーでも散々悩んで何か買おうと思ったんだけどさ。あーそういえば水そろそろ買わなきゃなって思い出して、意識が逸れたら買うの忘れちゃった。だから何か買っていかないとなぁって思ったんだけど』
家族に言われたから。
何か買っていかないと。
「……」
好きなものを、と言われたはずの向の言葉の端々には、なんだか家族への微かな遠慮の気持ちが、散りばめられていた。
「……そうか。俺も何かを選ぶのは苦手だ」
『そうなの?』
「あぁ」
『はっは、お仲間がいてよかった』
「…そうだな。じゃあ、もう行く」
『あぁ、うん』
また、明日。
そう言って笑う向に挨拶を返して、日が暮れるまでランニングを続けた。
向と自動販売機の前ですれ違ってから、一時間は経った。
なのに、俺が帰りに自動販売機の近くを通った時。
まだ彼女は途方にくれて。
その場に立ち尽くしたままだった。