第4章 怪しげな少年BとT
「…クソが…」
あのメガネ、クソ速ぇじゃねぇか。
爆豪は第2種目の握力テストをさっさと終わらせると、校舎に入ってすぐの所にある水飲み場で、不本意な結果に終わった50m走を回想していた。
イライラしながら蛇口をひねり、顔を近づけて水を飲もうとした時だ。
水飲み場を流れていく水の色が、明らかにおかしいことに気づいた。
「………あ?」
錆び付いたかのような色をしている赤い水が、爆豪のひねった蛇口よりも奥の方から流れてくる。
不審に思い、そちらを振り向くと、顔面血まみれになった誰かが、乱雑に手や顔を水で洗い流しているのが目に入ってきた。
(……モブ女)
名前を覚える気などなかった爆豪の頭に、一心不乱に血を洗い落とす彼女の名前が思い浮かぶことはなく。
それでも一瞬、名前を思い出そうとしてすぐに諦め、なんの気もなしに、テキトーなあだ名をつけることにした。
(……いや、ちょっと待て。クソモブ女で決まりだな)
血まみれになった女子が今にも泣きそうな顔で自分の顔を洗い続けるその風景は、あまりにも非日常過ぎる。
同情や心配、そんな気持ちはカケラも湧いてはこない。
しかし、危機的状況に陥っているらしい彼女が、飄々としていた今朝とは違い焦っている様子に、ただ、なんとなく、視線を奪われた。
(…生意気過ぎて誰かにボコられでもしたか)
そんな想像を巡らせて、彼女から視線をそらす体勢で水を飲んだ。
二つ、三つ遠い蛇口の前で目に涙を溜めている彼女は、どうやら血を洗うことに必死過ぎて、爆豪に気づいてはいないようだ。
(……。)
爆豪が50m走のテストを受ける直前まで、彼女は小さくうずくまって、ゴールを見据える彼の視界の中にずっと映っていた。
「没個性」と呼ぶには、あまりに爆豪の予想を上回るスピードで50mを飛び抜けた彼女に、記録タイムを聞いてみたい気持ちに駆られた。
「……おいクソモブ女。お前のタイム…」
そう言いながら、蛇口を締めなおして彼女を見ると、水に濡れた彼女の鼻の付け根が、今朝口喧嘩をした時とは違い、ぼっこりと腫れているのが目に入った。