第20章 おまえも一緒
イレイザーの秘蔵っ子かぁ、と呟いた向を、「リカバリーガールの出張保健所」と書かれた扉の前で、相澤がゆっくりと地面に降ろした。
『…私も、隠し子って思われたのかな?』
「あ?」
『消太にぃ、歳いくつに見られる?』
「…なんだ急に」
『いいから、お答えください』
「………………………」
三十、ろ……まで言った相澤の言葉が最後まで聞こえないうちに、向はフッと鼻で笑った。
カッ!と目を見開いた彼の視線を浴び、向が『ごめんなさいごめんなさいふざけましたすみません』、と高速で謝罪する。
「とっとと治してもらってこい」
謝ったにも関わらず、相澤が包帯だらけの丸い手先で向の髪をぐしゃぐしゃにした。
向は『わーー髪がーー』と棒読みのセリフだけ口にして、相澤の腕を、壊れ物を扱うかのように、そっと自分の頭から降ろした。
その表情はなぜか、少し楽しげで。
またマイクが余計なことを口走る前に。
解説席に戻ろうと、背を向けていた相澤の後ろ髪を引いた。
「…本戦」
『ん?』
「………。」
勝てよ。
そう言ってやろうとして、口を噤んだ。
なぜなら、ここは学校で。
自分たちは担任と、生徒以外の何者でもないからだ。
「………また、よそ見したな。おまえ、いい加減にしろよ?」
『あっ、ハイその節は申し訳ございません…!』
伝えたい言葉を飲み込んで、苦言を呈した。
彼女は少しだけバツが悪そうな苦笑を浮かべて、ははは、と自分の乱れた髪を手櫛でとかした。
(………。)
『じゃあ、ありがとう消太にぃ。本戦はよそ見しないようにがんばるから』
見ててよ。
そう言った彼女は、胸の前でガッツポーズをした後、背を向けて、医務室の扉に手をかけた。
その、滑らかに揺れる後ろ髪を見て。
彼女が医務室へと消える直前。
相澤は、腕を伸ばし、彼女の毛先に触れた。
「………。」
一瞬だけ、彼女に触れたはずの指先。
その柔らかな彼女の髪の手触りが、分厚い包帯越しに伝わってくるわけもなく。
相澤は、伸ばした腕を、ゆっくりと下へと降ろしながら。
勝てよ、なんて。
彼以外には誰も存在しない。
静けさだけがただそこにある廊下で、ぽつりと。
誰にも聞こえない声で、囁いた。