第16章 朝焼けに佇む
「ところで、お父様はお元気ですか?まだパイロットのお仕事を続けていらっしゃいますの?」
(…パイロット?)
嬉々として、八百万は向の「父」について質問を投げかける。
緑谷の前方を歩く向は八百万の方を向くことはせず、『あー』『まぁねー』なんて、適当な相槌を打っているのが耳に入ってきた。
「向さんはご実家から通っているのですか?」
『…ここから、1時間以内で着く場所だよ』
「でしたら、我が家のようなプライベート機の飛行場ではなく、大型機の集まる空港の方が近いですよね。それにしても、なんて偶然なんでしょう。深晴さんのお父様から伺っていた娘さんと、雄英で出会えるなんて」
八百万は、向と知り合えた喜びを満面の笑みで語り続ける。
そんな二人を眺めていた緑谷の視界に、ようやく八百万の方に顔を向けた向の横顔が映った。
『ははは…ありがとう』
自分の、父親の話。
そんな当たり障りないはずの話を、どうして彼女は困り顔で聞いているんだろう。
どうして、無理やり作った笑みを浮かべるんだろう。
「………向さん、八百万さん」
気づけば、あれだけ気配を殺してやり過ごそうとしていた緑谷は、進んで二人に声をかけてしまっていた。
あら、緑谷さん、どうしました?
と驚いたように振り返った八百万と。
出久。
と、安心したように振り返った向。
緑谷はその向の表情を見て、理由もわからず、心の底からホッとした。
不思議そうに視線を向けてくる二人に、緑谷はあわあわとしながら、苦し紛れにオールマイトの顔真似をする。
「…………………あれ?」
「………………」
『………………』
一瞬。
身体を硬直させた二人が、ぶはっと噴き出して、口を押さえて笑い出した。
『あはははは似てるーー!!すごい出久、もっかいやって!!』
「な、なぜいきなり……んっ、ん!いけませんわ、大声で笑って……しまう……っふ」
「あ、よかったウケた…」
(…焦ったー…!)
身体から心臓が弾け出しそうだった胸を押さえ、その功績を労ってやりながら八百万と歩き始めると、まだ足を止めたままだった向はもう一度、出久、と名前を呼んだ。