【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第3章 秋霖 ②
「・・・ただいま、赤葦」
赤葦は従僕の手を借りながら馬車を降りる八重を観察するように見ていた。
牛島家で粗相が無かったかどうかを知りたいのだろう。
「初の稽古はどうでしたか?」
「菊の生け方を教わりました。定子様は素晴らしい方で、次の花会に誘っていただいたわ」
赤葦は表情こそ変えないものの、眉間の幅を僅かに広げながら頷いた。
「それは良かったです。定子様は政財界にも広い人脈をお持ちですから、当家にとっても喜ばしい」
とはいえ、特に喜ぶ風でもなく、淡々と言葉を発しているその様はまるで傀儡のようだった。
「さっそく花会に向けて、新しい着物を用意させます」
花会にはおそらく、牛島若利も同席するはず。
ならば今日よりもさらに上等な一枚を作らせよう。
「それから良い先生が見つかり次第、書道や茶道も習っていただきますので、そのおつもりで」
今朝、光太郎から“八重に無理をさせるな”と言われたが、その暇はない。
八重にはできるだけ早く木兎家の人間になって貰わなければ。
“貴光の娘”などではなく───
「・・・分かったわ」
八重は、感情が凍てついた家令の命令に真正面から向き合うつもりだった。
それが木兎家の血を引く人間の務めである、と。
「父と母の名誉にかけて、私が決して“木兎家の恥”にはならないことを証明します」
赤葦はしばらく無言で、ガラス細工のような瞳を八重に向けていた。
そしてゆっくりと口を開きかけた、その時。
暗鬱な空からついに、雨粒がポツリポツリと落ちてくる。
明けることのない秋霖、もしかしたらそれは赤葦の心そのものかもしれない。
「───期待しております、八重様」
赤葦が言ったのは、それだけだった。
若き家令の背にかかる重圧、そして胸の内に抱える真実。
それを知る者は誰もいない。
否。
誰も知らなくていい。
「・・・・・・・・・・・・」
灰色をした雨の染みが舗道に広がっていく。
その中に一人立ちすくみ、赤葦は屋敷の中に入る八重の背中を静かに見つめていた。