【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第2章 秋霖 ①
明治維新から三十年。
和と洋の文化がちぐはぐに入り混じった東京は、どこか滑稽なようでいて、鎖国による三百年の遅れを取り戻そうとする日本人のひたむきさが伺えた。
煌びやかな装飾が施された高級馬車が、カラカラと音を立てながら、雨の街道を行く。
「秋霖。秋の長雨のことを日本ではそう呼びます」
窓の向こうに広がる街並みは江戸の名残を残し、優雅な車内とのギャップからどこか遠くの世界のようだ。
じっと外を見つめる少女に、向かいに座る初老の男性が微笑みかけた。
「外国でお育ちの八重様には、珍しい景色でしょう」
八重と呼ばれたのは、上品な浅葱色のワンピースを着た十七歳の少女。
英国で生まれ育った彼女にとって、目に映るものほとんどが馴染みのないものだった。
「もう直、梟谷の御屋敷に着きますよ」
砕石を敷き押し固めて舗装した道路に落ちる、秋霖の雨粒。
外では、手拭いを被り褌をちらつかせながら走る者もいれば、コウモリ傘をさして悠長に歩く者もいる。
そういえば、故郷も雨ばかりだったな・・・と八重は目を細めた。
「旦那様は、八重様のご到着をそれはそれは心待ちになさっております」
華族の木兎家に仕える執事、闇路健行は口数が少ない八重を気遣ってか、先ほどからずっと他愛無い話を続けていた。
「・・・・・・・・・・・・」
横浜から汽車で新橋駅まで一時間。
そこからさらに馬車で三十分の所に、木兎伯爵の邸宅がある。
しばらく馬の蹄と車輪の音だけが響いていたが、八重がふとその重い口を開けた。
「Who killed Cock Robin? I, said the Sparrow, With my bow and arrow, I killed Cock Robin」
異国の言葉は、闇路の耳には呪文のように聞こえたのかもしれない。
戸惑いの色を浮かべた執事に、八重は初めてニコリと微笑んだ。
「英国の童謡。知らない?」
「英語はさっぱりでございまして」
「綺麗な声で啼くコマドリを誰が殺したか・・・という歌よ」
その歌詞の意味を聞いた瞬間、闇路の表情が明らかに強張った。