【ハイキュー】駒鳥が啼く頃、鐘は鳴る【木兎&赤葦】
第3章 秋霖 ②
二十年近く経った今でも目を閉じれば思い出す。
鹿鳴館で催される舞踏会。
呼吸ができないほどコルセットで胴を締め上げ、一歩踏み出すだけで足が悲鳴を上げる靴を履き、それでも若い令嬢達は木兎兄弟からの踊りの誘いを待った。
「光臣様は大輪の花のような方だった。華やかで話し上手、それでいて優雅な立ち振る舞いには誰もが目を奪われていたわ」
その光臣が四十三歳の若さで隠居することになるとは、当時は誰も思わなかったに違いない。
「対照的に貴光様は物静かで、人の話にじっと耳を傾ける御方だった・・・でもひとたびダンスとなれば、誰よりも華麗に踊るのよ。御二人が揃って夜会にいらっしゃる日には、誘いを待つ娘の行列ができたものよ」
侯爵夫人もその一人だったのかもしれない。
赤葦が用意した牡丹色の着物を着ている八重を見て、懐かしそうに瞳を揺らす。
「八重さんは貴光様によく似ていらっしゃるわ。その凛とした目鼻立ちと黒い髪は、まさに木兎家の御血筋ね」
しかし、“黒髪が木兎家の血筋”と言われても、八重にはピンと来なかった。
確かに父は黒い髪をしていたが、光太郎は太陽に透けるほど明るい色の髪の持ち主。
自分の知る“木兎家”はその二人しかいないから、比較のしようがない。
「私は母の実家に引き取られ、一度は木兎家から籍が抜けた人間です。世間様が私を木兎家の人間として認めてくださるかどうか・・・」
あの立派な御屋敷も、明るい当主も、冷徹な家令も、全てがまだ夢の中の出来事のようだ。
“俺にもこの家の誰にも遠慮はするなよ。お前は木兎家の人間なんだからな、八重!”
“こちらが本日より八重様のお住まいとなる場所です。その他の家のことはお忘れください”
一生関わることはないだろうと思っていた本家。
突然引き取りたいと言い出した事を、どう解釈すればいいのか分からない。
そう思ったところで、自分が定子の前で失言した事に気が付いた。
「申し訳ございません、定子様。どうか今の言葉はお忘れください」
先ほどのは定子の前で吐露していい弱音ではなかった。
自分がここにいるのは、一日でも早く木兎家に相応しい人間になるためなのだから。