第1章 上
カラ松は頭がおかしい。
私とカラ松は、都心のマンションの一室を借りて一緒に住んでいる。しかし、夫婦でもなければ恋人でもない。言うなればただの知人、顔見知り程度の間柄だった。
それがなぜ一緒に暮らすようになったのかというと、ある日突然、私はカラ松に誘拐されたのだ。
「ん~、今日の朝食もデリシャスだぜ~」
「それは良かったです」
カチャカチャと陶器と金属の触れる音を軽く鳴らしながら、目の前で品良く食事をしているのは、私を誘拐した男だ。私はこの男のために毎日朝食を作り、弁当を持たせ、夕食を作って帰りを待っている。
決して脅されている訳ではない。
私の作ったなんの変哲もない家庭料理を口に入れた時の彼の顔が思いのほか可愛いから、だからつい情にほだされて自主的にやってしまっているだけだ。
大きめの口に次々と料理が消えていくのをチラリと見れば、少したれ気味の瞳と視線がかち合って、まるで恋人に向けられるような優しい笑顔が返ってきた。
そんな時、私はいつも下を向いてしまう。何故だか照れくさくなって、カラ松の顔を見ていられなくなるからだ。
私がこの部屋に連れてこられてから、カラ松に暴力をふるわれたことはない。それは物理的な暴力だけでなく、精神的な面でも同じであった。この部屋の中で、カラ松はただの一度だって乱暴な言葉を使ったことはないのだ。
私を誘拐する時でさえ、彼は一切乱暴な事はしなかった。知略を巡らし周到な計画で私を誘い出して、私が自分の状況に気づいた時にはもうただ彼の手の中に落ちていくしかないような、徹頭徹尾、理詰めの作戦だった。
そして捕らわれた私に、彼は溢れんばかりの熱い想いを打ち明けてきた。
そのあまりの熱さに流されて、ついうっかり受け入れてしまった。今となっては、勢いで、と言うより他にない。