第8章 チョコより甘く
「月島君、今回は凄い頑張って作ったの!」
「ふぅん···今回、は?」
「あ···えと、今回も!」
ちょっと困り顔をしながらも、僕に箱を差し出してくる笑顔のキミ。
いつも何かとバレー部にクッキーやらマフィンやら差し入れてくれるのはいいんだけどさ。
その度に、ちょっとイラッとしながら差し入れられた物を黙々と食べていた。
だって、他のヤツらがキミの手作りを食べてるとか、意味不明デショ?
でも今日は違う。
僕だけに差し出された、小さな箱。
中身はきっと、バレンタイン用のケーキが入ってる。
大きさといい、甘い香りといい、違いない。
それに僕の家で二人きりって言うのも、バレンタインっていう···女子が好きそうなシチュエーションだろ?
「とりあえず座っててよ。お茶くらい僕にだって用意できるから」
「それなら私も手伝う!」
そう言ってイスから立ち上がろうとする肩を押さえて、いいから待ってなよと言い残し僕はキッチンへと入る。
二人で過ごす、初めてのバレンタイン。
もしかしたら、なんて。
実はちょっと···期待もしてた。
ねぇ、キミは気が付いてる?
キミはクモの巣に絡まった可憐な蝶だってコト。
そして僕は。
少しずつ、その甘い香りを楽しむ意地悪なクモだってコト。
だから、今日は特別な紅茶を用意してたんだ。
キミを更に甘く香らせる為の、特別な紅茶を。
「はい、どうぞ?熱いから気をつけてね?」
コトリ、とカップを目の前に置き、僕はキミの隣に座った。
「いい香りだね、このお茶」
「まぁね。僕は別に気にならないけど、女子ってこういうのスキなんでしょ?アニキが言ってたから、試しに用意してみたって感じ」
「フレーバーティーって言うんだよね?なんだかフルーティーでとっても可愛い香りがする···美味しい」
そんなの、キミから香る甘い香りに比べたら大したことでもない。
キミの香りは、僕を昂揚させる甘い甘い蜜の香りだから。
口元だけに笑いを浮かべ、カップからの湯気で曇るメガネを指先で拭う。
「美味しいなら、それはよかったんじゃない?アニキも浮かばれるよ」
「あはは!明光君の扱いかわいそうだってば!」
「あのさ」
キミの口から兄ちゃんの名前を聞いて、ちょっとムッとしながら口を挟む。