第28章 秋の夜長に春ひとつ
「…はぁ」
暖簾を扉の内側に掛けたとき、
自然ととため息が出た
嫌われてはない…ってことは、わかる
どさくさに紛れてとはいえ
抱きついても嫌な顔1つ…
……してなかったし…
なんなら、腕…回してきた、し…
それに…さっき…
鼻先数センチの距離で
視線を交わしたときに見せた…
照れたような、はにかむような…
あの…表情は……
「……考えるの、やめよ…」
都合のいいように解釈しはじめた
思考を無理やり引き戻す
久々の恋心に浮き足立ってるな、俺
ぷるぷるっと軽く頭を振って
気持ちを落ち着ける
「あ、おかえり…」
厨房に戻ると大野さんは
流しの反対側にある作業台で
何かを書いていて
「…何書いて…?」
「これ?買い物リスト」
近づいて見ると
手元にあった小さな紙に
びっしりと書かれた食材名
「水煮缶…て何に使うの?」
「カレーの食材だよ?」
「…へ、へぇえ……」
確かに今晩カレーって言ったけど
水煮缶入れたカレーとか…
どんなんだろ…
味の想像をしていると
大野さんはさらさらっとペンを走らせる
鼻唄まじりで書き上げて
「一緒に行きたいんだけど…
あんまり動き回るとすぐ疲れちゃうから
お買い物、お願いしてもいい?」
そっと差し出されたメモ
俺はそれを受け取って1人買い物へと出掛けた