第28章 秋の夜長に春ひとつ
その横に並んで大野さんの視線の先を
見つめると湯気の立ち上るスープ…
「…これ……」
「味見、してみて?」
正面にスッと差し出されたどんぶりに
手を合わせてからレンゲを手に取る
スープにゆっくり落として掬う
溢さないようゆっくり口元に持ってくると
透き通る醤油のスープから立ち上る香りが
ふわり…と軽く、鼻腔をくすぐっていく
これ…
…俺の好きな…
小さい頃から親しんだ…
親父さんの…あの……
香りに近い気が…する……
ふわり…と感じた優しいそれを
おもいっきり吸って
体に染み渡るように
たくさん取り込む
ぁあ…
親父さんのラーメンのあの…
懐かしい香りに本当に近くって…
懐かしい香りに意識が
昔に…トリップしていく
まだ若かった父さん
小さかった俺…
俺達の前で夫婦並んで微笑む
親父さんとお袋さん…
賑やかで明るい店内…
「カズ…?」
「あ、ごめん…」
脳内再生してた記憶に
一人浸るレンゲを持ったまま固まる俺に
大野さんは顔を覗きこんできて
「自信ないけど…感想、聞かせて?」
少し不安げに揺れる瞳で
優しく…促してくれて
小さく頷いてから、
レンゲをゆっくりと口づけた