第28章 秋の夜長に春ひとつ
「…どこから…見てたの……?」
穏やかな声で怒ってはいない…?
「…抱き締められてる、とこから…すかね」
「…カズくん、そんな趣味あったんだ?」
「そんな趣味はない!
起きたらあなたがいなくて…って!
だからその君呼びやめて…」
「だって君も敬語やめてくれないんだもん…?」
捲し立てるように話す言葉を遮って
さっきまで泣いてたとは思えないほどに
くすくすって笑う
こちらからは表情は見えないけど
穏やかに笑ってる?
…なんなんだよ…
泣いたり笑ったり…
テレビで知る大野智は
手際よく料理をしながら
凛とした喋り方で…
絵にかいたような料理人、みたいな
印象しかなかったけど
これが素の姿…なのかな
――『テレビの中の人』
数日前まではそれだけの人だった
偶然が重なって知り合えて
今や俺の願いを叶えようとしてくれていて…
今思うと俺…かなり図々しかったかな…
でも、そんなきっかけから
知りはじめたこの人のこと……
まだなんにも…知らないけど……
柔らかく笑ったり…
照れたりする表情に
心が忘れかけていた感情に
反応してるのは…確かで。
踏み入っていいものかと悩んでたら
ふふ…ってまた柔らかな笑い声が聞こえて
やんわりと俺の腕を解くと
すぐ近くの丸いすに腰掛ける
「敬語やめます…あ。やめるから!
君呼び…やめて?
あ、あと…その。嫌じゃなければ…。
あなたのこと…………
……なんでもいい………知りたい…」
下から見つめてくる瞳が
なぜか許してくれる気がして
正面に立ってそう伝えたら
大野さんはぽつりぽつり…
言葉を溢すように話し始めた
穏やかな口調で
静かに…ゆっくり……