第28章 秋の夜長に春ひとつ
「…あ、カズくん。おはよう」
「おはよう…ございます…」
店の裏口からひょっこりと
現れた大野さん
その顔はさっきとは違い
よく知る穏やかな表情で。
ついさきほど見てしまった、
今にも泣きだしそうな…
辛そうな表情(かお)を見てしまった俺は
見てられなかった、というのもあるし
それ以上は見てもいけない気がして
その場からそっと…離れた
「いつ言おうかと思ってたんだけど…
敬語、やめない?くすぐったいよ」
黙る俺に大野さんの真顔が
ゆっくりと笑顔に変わって
目元に皺を浮かべながらくすくすと笑う
…あからさまな、作り笑顔の渇いた声で。
この人、嘘つけない人なんだな…
「じゃあ、くん呼びやめてくれたら
俺も敬語やめますよ…」
「えー…じゃあ、カズ…?」
「そっちの方がしっくりくるっす…」
右足を引き摺りながら
近付いてきた彼に
立て掛けておいた杖をそっと渡す
一瞬驚いたような顔をして
また、すぐに笑顔に戻る
表面上は笑顔…だけど
ぎこちなさが見え隠れしていて
「…無理に笑わなくていいすよ」
つい、口から出た言葉に
柔らかな光を讃えてた瞳の色が
一瞬にして翳った