第28章 秋の夜長に春ひとつ
1つの出来上がったラーメンを
二人で見つめて
チラッと大野さんの方に視線をやると
「どうぞ」と言わんばかりに
柔らかに微笑んでいて
小さく頷いてレンゲを手に取った
親父さんの味…
大好きな味との再会に
胸の鼓動が高鳴っていく
「……」
震える手で掬ったスープを
ゆっくり口にして固まる俺
「…どう…かな…?」
恐る恐る…
俺の顔を覗き込む彼に
言いにくくて黙っていると
「…違う?」
察してくれた言葉に静かに頷いた
「…そっかぁ…でも、少しは近付いた?」
「俺が作ってる味よりかは断然近いっす」
俺の言葉にレンゲを手に取ると
彼もスープを一口含んで困ったように笑った
「…僕もこんな状態になってからさ…
舌の調子も悪くって…。
時間かかるかもしれないけど、
頑張るから時間貰えるかな…?」
足を擦りながらゆっくりと丸いすに腰掛けた
「…俺はかまいませんけど…
いいんですか…?その…」
こういうとき…
金銭のお礼の1つでもするのが
当然なのはわかってるけど
金銭的なお礼もままならないほど
正直…店の経営はキツい
自ら進んでその言葉を口に出来ずにいると
「いいよ?その代わり…ね?
お願いがあるんだけど……」
少しの緊張感からごくり、と喉が鳴った