第28章 秋の夜長に春ひとつ
「僕の名前、知ってると思うけど
改めて…大野智です」
「あ、俺二宮和也って言います」
差し出された手を握ると
大野さんはまたふんわりと微笑んだ
手の温もりもそうだけど
なんか、雰囲気も温かい人だな…
「え、と…じゃあカズくん?
さっそくキッチン行こうか」
「…あ、はいっ」
俺の名前を呼んだ声もなんか…
温かくて柔らかくて…
ゆっくりと進み出した
不安定な体を支えながら
やっと…親父さんの味……
伝えていける…
念願だった嬉しさが
胸の中で膨らんでいくのを感じていた
キッチンに着いて
お袋さん愛用の木の丸椅子に
ゆっくり腰を下ろしてもらうと
「レシピ通りに作ってるって
言ってたけど…」
「このノートに載ってるんです」
レジ下のレシピノートを取ってきて
年季の入ったそれを渡した
ノートに小さく一礼してゆっくり開くと
さっきの柔らかな雰囲気から
真剣な瞳に変わって
「……」
右に左に視線を動かしながら
黙読する姿をただ黙って見つめていた
…テレビでは柔らかく微笑んで
楽しそうにしてるだけに見えてたけど…
読みながら頭に叩き込もうとしてる姿に
本当の料理人…なんだな…
長い黙読のあと
ノートがゆっくりと閉じられた