第28章 秋の夜長に春ひとつ
「いらっしゃいませ~」
沈んだ気分を誤魔化すように
普段より大きな声で挨拶して
開かれた扉の先に視線を移すと
杖を片手に立っている男性姿が見えて
ゆっくりと足を上げられたかと思ったあと
ガツン、と音がした
「すみませんっ…うちバリアフリーとか対応してなくてっ……」
「…大丈夫……ありがとう」
慌てて駆け寄ってふらついた体を支えた俺に
柔らかく微笑む
あれ…この人……どこかで…?
見たことない初めてのお客さんに
そんなことを思いながら
扉から一番近いテーブル席に
ゆっくりとご案内すると
右足をテーブルの横に出す形で腰かけて
ぐるりと店内を見回した
「ここ…きみのお店……?」
不思議そうに訊ねる男性を見つめて頷くと
また不思議そうに店内にじっくりと視線を動かして…
昭和感残った店に
俺みたいな若造がやってるの…
浮いてるように見えるのかな…
「…あ、あの…」
「…あ、ごめんね?ラーメン1つ…」
重い空気を変えようと声をかけたとき
正面から向けられる柔らかな声と笑顔…
…やっぱり、この人どこかで…
頭の隅っこに確かに…
知っている、というシグナルを感じるけど
存在する記憶を呼び起こそうとしても
…思い出せない……
「…しばらくお待ちください」
固まる俺を不思議そうに見上げる彼に
軽く…微笑み返して
頭を軽く下げて厨房に戻った