第23章 君がいいんだ
「母さんが事故で亡くなってから父さん…
精神的に病んだ、って言うのかな…
情緒不安定になってさ……」
立ち止まり聞いていると
冷たい風が強く吹いて
僕はゆっくり車椅子を押して歩きはじめた
柔らかな光の中、人通りのない道には
智くんの声と風の音だけがする
「優しい父さんが手をあげるようになったんだけど…
僕、止めて…なんて言えなくて」
「なんで…?」
腿の上で緩んでた手がたちまち丸くなった
「父さん…死んでしまうかもしれないって…思ったから」
掠れた声に慌てて前に回ると
ゆらゆらと揺れる瞳をしていて
今にも溢れそうな涙を浮かべた智くんに釘付けになる
「逃げたいって思ったよ…?
思った…けど、逃げたら…
僕が……逃げちゃったら、父さん…っ…」
僕をまっすぐ見る瞳から溢れた涙が頬を伝った
硬く握り締められた手にふいに触れる
《どこにも当たれなくなったら…っ…
自分にあたるしかなくなる……っ…
父さんが死んじゃったら僕…!
一人に、なっちゃう…!》
言葉にならなくなった続きの声が聞こえる
父親を思うが故に耐えてたというのか…
……一年も…
でも、君ならそうするんだろうなって簡単に思えてしまった
ラブに噛まれた時も相手を責めないで
自分が悪かったって思う君なら…
優しすぎる君だから……
静かに涙を流していた智くんが
腕を掴んで僕を引き寄せた
《…一人は、嫌……》
「ぅ、う…ぅう……っ…」
ずっと、辛かったよね…
智くんも母親を失って悲しかったはずなのに
一人で耐えて、我慢して……
細い腕で僕に力一杯しがみつく小さな体に手を回して
落ち着くように声を掛け続けて
涙が止まるまでずっと背中をさすった