第23章 君がいいんだ
「智くん…来たよ」
病室を開けて声を掛ける
返ってくるのは今日も
機械の規則正しい音と
空気を送られる音だけ
ベッドに横たわる智くんは
何も語らない
一命を取り留めたものの
一週間経っても目を覚まさない
「ラブがね?
智くんに会いたがってるよ。
早く元気になってさ…
また、ラブを撫でてあげて欲しいな」
パイプ椅子に腰掛けて
今日も眠る智くんに声を掛ける
センサーのつく手を握るけど
握り返してくれることはなかった
僕がもっと早く気づいていてあげれば
君はこんなことにならなかったのに………
眠ったままの智くんに
申し訳なくて手に力が入った
君が隠してたアザ
…ただのアザじゃないことくらいわかっていた
…わかっていたのに……
「ごめん…ごめんね、智くん…っ」
溢れる後悔が頬を伝っていく
アザは暴行のアトで
智くんは1年も前から父親から
暴力を受けていた
アパートの人も気づいて
何度か警察に通報していたらしいけど
「ちょっと喧嘩していただけです」
智くんが警官に毎回、そう言っていたと
アパートの住人から聞いて初めて知った
一週間前のあの日
父親の暴力がエスカレートして……
刺された
コンコン…
「ど、どうぞ…」
「……失礼します」
慌てて頬を袖で拭って
看護師さんに一礼した
「今日も、いらしてくれてるんですね」
「…はい」
機械のデータを取りながら
優しく声をかけてくれる
「沢山話し掛けてあげてください。
意識はなくても、声は聞こえてるはずですから…」
では、と一言添えて
看護師さんは病室を後にした
「…智くん」
両手で手を握る
「僕ね、君に言いたいことがあるんだ」
ずっと後悔してることがあるんだ
ちゃんと言っておけばって…
目覚めたら伝えたいんだ
君が好きですって…
…コンコンッ
「面会時間終わりです」
「はい、もう…帰ります」
巡回に来た看護師さんに一礼して
立ち上がる
「明日も来るね、智くん」
長い前髪を撫でて病室を後にした
それからずっと
毎日顔を出して声を掛け続けて
病室から見える木の枝に葉がなくなった頃
病室に掛けられた〝大野智〟のネームプレートは
他の人の名に変わった