第18章 イケナイ教育
……そういえばそんなこと言ってた
ひと月前に晩飯の最中、言われたことを思い出す
母さんは手元にあったカップたちをテーブルに置いて男性の向かいに座っていた
「え、とじゃあ…」
ソファに座る男性と男の子に目線を移す
「翔くん、だよね…初めまして」
手を差し出されたから近づいてその手を握った
母さんと同じ年くらいかな…?
少しカサついた手と目尻に深く刻まれたシワが年上のようには思えたけど、服装が見た目より少し若い感じだからそういう印象を抱(いだ)いた
「ご挨拶もなく、急に申し訳ない…」
「あ、いえ…かまいません。母さんが幸せになるなら俺はそれで良いので」
俺が生まれて間も無く父さんは通勤途中、電車の事故に巻き込まれて亡くなった
16年前の運転手の居眠り運転
スピード超過した電車は暴走、脱線し何千人という乗客が亡くなって
国からの手厚い謝罪のおかげで生活には困らなかったらしいが、当時母さんはかなり辛かったと思う
乳飲み子の俺を抱えて女手一つで育ててくれた母さんが幸せになるなら、本当にそれだけでいいと思っていた俺はむしろ歓迎していた
「母さんの事、よろしくおねがいします」
ぎゅっと固く握手をすると男性は目元のシワをさらに深く刻んで安堵の表情を浮かべる
「ありがとう、翔くん…あ、ほら智…立ってご挨拶しなさい」
ソファに腰掛け俯いていた男の子がゆっくり立ち上がって顔を上げる
その顔は女の子に見間違うほどに可愛らしかった
「…さ、智です…よろしく…おねがいします…」
「…初めまして、智くん…これから、よろしくね?」
おずおずと下げた頭を優しく撫でると、不安げな色を纏って揺れていた目がチラリとこちらを見上げた
今の言葉で緊張が和らいだようで、しっかりと俺をその綺麗で無垢な瞳で見つめてくると
…なんだ?いま変な感覚が…
胸の奥が少しざわついた気がする
不思議に感じた感覚に戸惑う
女子にときめいた時に感じる変にドキドキした感覚…
いやいや、目の前のこの子がいくら女の子みたいに可愛らしいからって、男の子だぞ…
「…翔?腰掛けたらどう?」
母さんに促されて腰掛け、いつの間にか持ってきてくれていたジュースを流し込んで感じた感覚を誤魔化した