第4章 カケラの眩しさ
万「いや、ダメっていうか、さ?もう何年もちゃんと歌なんて歌ってないし···鼻歌くらいなら」
『それは事務所でいつも聞いてるから』
迷わずツッコミを入れると、万理は苦笑を浮かべた。
万「俺はさ···誰かの前で歌を歌える立場じゃないんだよ。俺が音楽を続けていく事で千を引っ張り出して。その千に音楽を続けさせる為に、歌をやめたんだ。だから···歌えない」
『それは違う···万理は、万理の好きなものを閉じ込めてるだけでしょ?···千は、誰かに歌わせられてるとか、そんな風には思ってないよ。自分の為に、そして誰かに届くように、ずっと歌ってる』
万理が突然いなくなってから、暫くの間は歌も音楽も手に付かなかったけど。
そんな千に通いつめて説得して、また前を向かせたのは百ちゃんだった。
だから千は、万理の事を恨んだり怒ったりしてないよ。
あ···ちょっと怒ってはいるかも。
『ちょっとだけでいいの、聞かせてくれたら、』
万「愛聖には分からないよ···何不自由なく輝きの中にいた、愛聖には。突然スカウトされて、教育されて···俺達とは違うから」
『万理···』
突然堰を切ったように言い出した万理の名前を呼ぶと、ハッとした様子で顔を背けられた。
万「ゴメン。今のは···俺が悪い」
『違う、私がムリな事を言ったりしたから』
万「ちょっと頭冷やしてくるから、先に寝てて」
それだけ言うと、万理は私の横をすり抜けて部屋を出ていってしまった。
···歌って欲しいなんて、言わなきゃ良かった。
聞きたかったのは、本心ではあるけど···でも、それが万理を怒らせてしまったのかと思うと心が痛い。
万理はなにも悪くない。
悪いのは、無理強いしてしまった···私。
この部屋で過ごすのは今夜が最後だって言うのに、何やってんだろ···私。
···謝ろう。
こういう時は、早めに自分が悪い事を謝ってしまう方がいい。
長引けば長引くだけ、謝れなくなっちゃうから。
気持ちと体に勢いをつけるように、よし!と小さく呟いてベッドを降りる。
ドアノブに手を伸ばした時、微かながらに懐かしい音が聞こえて来た。
優しい音が、1音ずつ丁寧に響いてる。
その音の元が何かを確信する為に、そっと耳をすます。
これって調弦してる、音···だよね?