第12章 小さな亀裂
事務所を出て、ひとり···寮までの歩く。
いつもならそれほど時間もが掛からない距離なはずなのに。
今日は···寮までがとても長い道のりに思えて足を止める。
見上げた空は、さっきまでとは違い、どんよりとした雲が広がっていて、纏う空気の感じもひと雨来そうな様子だった。
寮まではもう少しだと言うのに、気持ちが前に進まない。
そこへ帰れば、いずれみんなも帰ってくる。
そうしたら、また···顔を合わせることになるのが辛い。
別になにも悪いことはしてないけど、今はただ、みんなと顔を合わせるが気まずくて。
まさか自分が、あの曲に関してそう思われてしまうとは予想もなにもしてなかったから。
なにより胸に刺さったのは、あの時の四葉さんが私を見る時の目で。
それはきっと、誰よりも早くデビューしたくて。
たくさんテレビに映りたくて。
一生懸命に頑張って来たから。
···まだ行方が分からない、妹さんを探すために。
なのに、その希望溢れるデビュー曲はTRIGGERが発表してしまった。
私、楽になにも話したりしてないよね?
TRIGGERのみんなの前で、あの曲を歌ったりしてないよね?
デビュー曲が決まってから今日までの事を、ひとつひとつゆっくりと考えてみる。
だけど、思い当たるような事は浮かんでは来なかった。
ただひとつ、もしかして···と思うなら。
あの日。
みんなが沖縄ロケから帰ってくる日の朝の、事務所が荒らされていた事。
紡ちゃんが持ち物をチェックした時、デビュー曲を管理していたディスクが持ち出されていたという事実。
もし、それが盗み出されていたとして。
そして誰かの手によって、八乙女プロダクションに渡っていたとしたら···
でも、誰が?
少なくとも八乙女社長の指示なんかじゃ絶対にないと思う。
昔から因縁がありそうな小鳥遊社長の所から、アイドリッシュセブンのデビュー曲を盗んで来い!だなんて、八乙女社長は絶対に言わない。
むしろ、そんないわく付きの曲だと分かったら激怒するに違いない。
『考えれば考えるほど糸が絡んで分かんないよ···』
誰に向けてでもなく呟いて、ここで立ち止まっていても仕方ないと大きく息を吐く。
帰らなきゃ···と思いつつも、寮にはまだ帰りたくない。
そんな気持ちが強まり、寮とは逆方向へと歩き出した。