第12章 小さな亀裂
キュッと口元に力を入れて、通路を歩く。
それは次第に早足となり、コツコツと靴音を響かせながら事務所の玄関へと歩く。
早くここから出なきゃ。
ただそれだけを考えて、普段よりちょっとだけ視線を上に向けながら、進む。
じゃないと、ずっと堪えていたものが···
···こぼれ落ちてしまいそうだったから。
全ては寮に帰ってから。
部屋に飛び込んで、クッションに顔を押し当てて。
それから。
思いっきり泣けばいい。
みんなは事務所にいるんだし、私ひとりならどれだけ声を上げて泣いたって···ひとり、なんだから。
だから今は、早くここから出なきゃ。
スン、と鼻を啜って歩く速度をまた早めれば、目の前に突然現れた影に思いっ切り衝突して荷物を全部撒き散らしてしまった。
『すみません!私の不注意で······万理···』
万「全く···愛聖、学校で教わらなかったか?廊下はゆっくり歩きなさ···」
その場にペタンと座り込む私と。
衝突以外に何もなかった万理と。
···視線が絡む。
万「なにか、あったのか?···ってより、あっただろ、その顔」
片膝をついて私と目線を同じにする万理が、微かに眉を寄せる。
『なんにも、ないよ···ほんと、なんでもないから』
頬に伸ばされる万理の手を軽く振り払い、散らばってしまった鞄の中身をかき集める。
万「じゃあ聞くけど、なにもないならどうして···そんな顔をしてるんだ?」
小さく息をついた万理が、更に体を屈ませて私を覗く。
『だから、別になんでもないから』
万「なんでもないワケないだろ?」
『万理には関係な···い···』
言い返して、万理の顔を見て。
ここまで耐えて来た糸がプツリと切れる。
万「ほら、なんでもなくないだろ?」
その声が優しくて。
私を見る瞳が穏やかで。
じわりと滲み出した視界が、一気に歪んでいく。
万「お前がそうやって意地でもなんでもないっていう時ほど、大概、何かある時なんだよ。そういう所も、変わってないよな···ほんと、変わってない」
まるで小さな子供をあやすように、ぽんぽんっと頭を撫でる万理の手···
それが昔と変わらない事に気が付いた時、嗚咽が漏れだした。
万「誰かに吐き出せば楽になる事もある。俺で良かったら、ちゃんと聞いてあげるから」