第12章 小さな亀裂
そう言いかけて、ピタリと言葉を止める。
今ここで私がそれを聞いても、どうにもならない。
だって、あの曲はもうTRIGGERの曲として世に出されてしまってるんだから。
楽 ー 愛聖? ー
『···ごめん、なんでもない』
楽 ー は?お前なんだか変だぞ?···なにかあったのか? ー
『大丈夫。なんでもないから···じゃ、用があるから切るね?』
楽 ー あ、おい!待··· ー
楽がまだ話してる途中なのは分かってたけど、勢いのまま通話を終えてしまう。
いまはこれ以上、楽と話してるのが心苦しいから。
すぐに折り返しの着信を教えるスマホを無理矢理グイッと鞄に押し込み、タクシーの並ぶ列へと駆け出す。
「あっ!もしかして佐伯 愛聖?!」
「ほんとだ!!」
私の存在に気が付いた周りの人たちの声に、他の人も振り返る。
いつもならファンサービスとして足を止めて···とかだけど。
いまは···
『ごめんなさい!急用で急いでて···また見かけたら声掛けてくださいね!』
笑顔で大きく手を振り、ドアが開いたタクシーへと飛び乗った。
運転手さんに行き先を告げて、ゆっくりと流れ出す景色に目を向けながら考える。
さっきのあの感じ。
楽は、TRIGGERの新曲とされる物がアイドリッシュセブンの曲だって事は知らない感じだった。
もし、知っていたら。
わざわざアイドリッシュセブンと同じ事務所に籍を置いている私にプロモーション見たか?なんて連絡はして来ないだろうし。
···ひとつ、考えられるとしたら。
あの日、紡ちゃんのデスクから持ち出されてしまったディスク。
それを誰かが···小鳥遊プロダクションから盗み出した事を伏せて、手渡したり···売りつけてたとしたら。
なんて、刑事ドラマじゃないんだから、そんな事はそうそうないかなぁ···
そもそも八乙女社長がそんな事を許すはずがないよ。
はぁ···とひとつ大きく息を吐いて、見慣れた景色が流れる窓の向こうを、ずっと見つめていた。