第12章 小さな亀裂
『大丈夫、ちゃんとそこからタクシー使って戻るから。それに、ほら?みんなをあれ以上待たせてる方が大変だから』
視線だけ動かしてみんなが乗り込んだ車を見れば、そこにまた集まり出す人だかりが見える。
『ね?電話の用事が終わったら、ちゃんと···戻るから』
紡「分かりました。あの、」
『うん、分かってる。領収書もしっかり貰っとくから』
本当は紡ちゃんは別の事を言いたかったんだと分かっていたけど、敢えて違う方向性の言葉を返して背中を押した。
タクシーが走り出すのを見送って、スマホへと目を落とす。
着信履歴から楽のアドレスをなぞって···通話ボタンを押せば、数コール鳴っただけでコール音は途切れた。
楽 ー お前、ホントなかなか電話出ねぇのな? ー
『それはごめん、いまちょっと···外だったから』
楽 ー 外?お前いまどこにいるんだ?仕事か? ー
『違うよ?···まぁ、ちょっと···駅前広場のあたり、かな』
まさか楽に、アイドリッシュセブンのミニライヴイベントを見に来てた、なんて言えないから。
楽 ー 駅前?じゃあ、アレみたか?TRIGGERの新曲プロモーション。ついさっき流れたはずだけど ー
『あ···うん···』
···見たよ···アイドリッシュセブンのみんなと一緒に···
楽 ー 今までのTRIGGERと違う感じの曲だけど、どうだった? ー
『どうだった?って···』
あの曲はアイドリッシュセブンのデビュー曲になるはずのもので。
本当は今日ここで、アイドリッシュセブンの新曲としてお披露目する予定だったもので。
だけど···なのに···
いろんな思いが交錯して、上手く言葉に出せない。
楽 ー おい、聞いてんのか?どうだったかって聞いてんだ ー
通話の向こうから、楽がもう一度···問いかけてくる。
『そうだね···とっても、いい曲···だと、思うよ』
アイドリッシュセブンらしい、元気いっぱいの···いい曲···
楽 ー だろ?俺も龍も結構気に入っててさ···まぁ、天のやつはなんだか変な顔はしてたけどな ー
『そう、なんだ』
天はきっと、今までのTRIGGERの曲調とは違うと思っても、そこは天の、天らしいプロ意識できっちりこなしてるんだと思う。
『ねぇ、楽···?』
楽 ー なんだ? ー
『どうしてあの曲···』