第11章 スタートライン
楽「俺が思うに···それって、お前を迎えに来るんじゃねぇのか?」
少し考え込んでた楽が、急にそんなことを言い出す。
『私を?』
事務所からはすぐ近いし、最寄りの駅からだってそう遠くはない。
楽「ホントお前って、鈍感で天然だよな」
『じゃあ楽にはどうしてか分かるの?』
鈍感で天然と言われてムムッと口を尖らせながら言う。
楽「俺はまぁ、分からなくもない···分かりたくもないけどな」
『なにそれ?』
楽「うるさい、俺のことはほっとけよ」
自分で言い出したくせに···と笑いながら、楽の胸をひとつ叩く。
楽「それより、今日はありがとな。じいさんも喜んでたよ」
『私こそ、貴重な経験をさせて貰ったし。きっと今の仕事に辿り着いてなかったら、私も普通にアルバイトとかしてたんだろうなって思った。お蕎麦屋さんだけじゃなくて、スーパーのレジ係とか、オシャレなカフェで、とかさ?』
あの日、八乙女社長に声を掛けられなかったら。
きっと女優になる事を夢見ながら、普通の学生生活をしていたかも···と思うと、万理みたいにバイトかけ持ちして研修生とかになって、とか、そういう道を歩いていただろう。
『八乙女社長に、感謝してもしきれないかもだなぁ』
楽「親父?」
『だってそうでしょ?八乙女社長に拾われなかったら、きっと楽にも会えなかったし、もしかしたら今の私はいなくて、千たちがデビュー前に活動してたライヴハウスで働いてたかも?とかさ』
楽「フン···俺はあの親父にはなにも思わねぇけど、でも、今のお前がいなかったら···いろいろ違ってただろうな」
『かもね?ひょっとしてTRIGGERの追っかけとかしてたり?龍サマー!きゃー!とか』
敢えてこの場にいない龍を引き合いに出して、笑う。
楽「なんでそこで龍なんだよ。そういう時は俺だろうが!」
『いいじゃん別に。TRIGGERは3人いるんだから、私が誰を推してたって』
楽「そこは素直に俺を選んどけよ···じゃなきゃ、出会った意味が···ないだろ」
···楽?
切なげに瞳を揺らして、楽が小さく笑う。
『出会った意味って言われても、楽は意地悪だしなぁ?それに比べたら、龍はいつも優しいし?なんて。でもそれって、多分···龍は弟と離れて暮らしてるから、そういうのもあるのかもだけど』
楽「俺だって優しいだろ?」