第11章 スタートライン
「楽と一緒にいるのを見た時、嬢ちゃんのこともすぐに分かったよ。ちょっと前にアイツとコマーシャルやってただろ?でも、それも気づかないフリをしてただけだ。人には人の、自由になりたい時間があるだろ?」
『おじいちゃん···なんかカッコイイですね』
「なんだ嬢ちゃん、今頃気が付いたのか?」
さっきとは違って、フッ···と笑うおじいちゃんの目元が楽に似てる気がして。
やっぱり、遺伝子って凄いな、なんて小さく笑う。
だってこの優しそうなおじいちゃんと楽が似てるのも、あの八乙女社長と楽が似てるのも。
ちゃんとどこかで血の繋がりがあるんだって証明になるんだから。
···八乙女社長だって、ちゃんと優しいけど。
「頃合いがいいから今日はこれで店は閉める。嬢ちゃんもありがとな、助かったよ」
『いえ。たまたま居合わせただけですから···と言うより、私でお役に立てたんでしょうか?と疑問だらけですけど』
注文運ぶテーブルをミスったり、お茶が濃かったり薄かったり···
手伝い初めてすぐのミスを思い出して苦笑を浮かべれば、おじいちゃんがぽんぽんっと私の頭に手を乗せる。
「誰だって最初は上手く出来ねぇさ。自分も見習いの頃は失敗も多かったが···それでも先代は怒らずに、ちゃんと蕎麦が打てるようになるまで待っててくれたってもんだ」
さて···と呟いて、おじいちゃんが暖簾を降ろす。
「あの酔っぱらいの相手は自分がするから、嬢ちゃんは楽とゆっくり飯食ってな?あの客はこの店を継いだ頃からの常連だ。いつも酔い潰れるまで飲んで騒いで···ウチのやつにシバかれて帰るのが日常だ」
あの優しそうなおばあちゃんが···シバく?
聞き間違いかと思ってフルフルと頭を振って、そのイメージを追い払う。
「お、出汁の香りがするな···楽のやつ作り出したか?」
『作るって?』
「親子丼。嬢ちゃん、アンタ親子丼好きなんだろ?さっき準備しようとしたら、楽のヤツが俺がやるからいいって追い出されたわい」
···楽が親子丼を作る姿が想像出来ないんだけど。
三月さんなら、パパっとキッチンで作ってくれる姿が想像つくのに。
「ほれ、出来たてを食べられるように早く入りな」
『···ですね』
そう言っておじいちゃんと微笑みあって、ガラガラと入口を開けて中へと入った。