第11章 スタートライン
『ひゃぁぁぁっ!···もう!またですか?!』
本日何度目だという酔いの回ったお客さんからのセクハラ行為に悲鳴を上げる。
「ちっと位いいだろ?減るもんじゃねえわ」
減りますよ!!!と叫びそうになって、その言葉を無理やり飲み込んだ。
いま店内にいるのは社長たちのグループと、このお客さんだけで、あとはほとんど片付けも終わったし。
そうなると、この後は何をしたらいいのか分からず手持ち無沙汰になってしまう。
「嬢ちゃん、今日はありがとな?あとはやるからこっち下がってな」
前掛けで手を拭きながら、おじいちゃんが店内へと出てくる。
『おじいちゃんはこっちで作業が?』
何かあるなら手伝おうかと近寄れば、 暖簾を中に入れるだけだから大丈夫だと言われてしまう。
小「そろそろ店仕舞いの時間か···店主、長居してしまって申し訳ない」
「いやいや、お客さんはどうぞごゆっくりなさって下さい」
小「でも、店仕舞いって事はこの子も帰る時間なんじゃ?だったら一緒に帰っても?」
···ぇ。
時計を見ながらニコニコ顔でおじいちゃんに言う社長に、住まいは近くなのでひとりで帰れますよ?と返す。
「あぁ、それなら大丈夫です。ちゃんと食事を取らせたら、ウチの孫に遅らせますから」
···え?!
小「そうですか?でもそれじゃお孫さんにお手間を」
「あれ?そういやお客さん、嬢ちゃんの知り合いかい?」
小「アハハ···そうですね···申し遅れました、僕は小鳥遊、」
『わーっ!おじいちゃん大変!早く暖簾入れないと!』
社長だけならまだしも、千たちがいるのにその会話はダメでしょ?!とひとりで焦って、おじいちゃんの背中をグイグイと押しながら入口へと送り出して自分も一緒に外へ出る。
『おじいちゃん。いまのお客さんは、実は私の所属してる事務所の社長さんなんです。一緒にいる3人は···まぁ、えっと···同じ業界の···』
「知ってるさ。楽たちより売れっ子のアイドルとかいうやつだろう?何度もテレビで見たことある」
『···気付いてたんですか?』
そう返すも、おじいちゃんはふんわりと微笑みを見せるばかりで。
「どの客がどこの誰だとか、どんな仕事をしてるだとか、そういうのは関係ないさ。ただ、この老いぼれの打つ蕎麦を食べに来てくれる···それだけで商売は成り立ってるからね」