第11章 スタートライン
『楽、お帰りなさい。おじいちゃんが休憩しなさいって』
ピーク時のお客さんがほとんど帰って行き、店内にはほんの少しの馴染みのお客さんが晩酌しながらの食事をしているだけで、それを見た楽のおじいちゃんが私と楽にひと息着いたらどうだ?と声を掛けてくれた。
楽「客は?」
『いま残ってるのはお馴染みさんだから大丈夫だって、おじいちゃんが』
楽「なら、平気だな。ほらよ」
ポンッと放り渡されたのは、私がよく飲んでいる柑橘系の炭酸水のペットボトルで。
楽「いま配達してきた帰りの自販機で見つけたから、お前にと思って買って来た」
『ありがとう!ちょうど喉乾いたなって思ってた所だったから、素直に嬉しい!』
受け取ったままキャップを開ければ、予想以上に飛び出す液体···
『うわっ···えっ?!なんで?!』
シュパッと音を立てながら噴出したそれは、咄嗟に避ける事も出来なかった私に見事に降りかかり、シャツやらエプロンやらを派手に濡らしてくれた。
楽「プッ···お、お前···ホントにアホだな···」
小刻みに肩を揺らしながら楽が横を向くのを見て、そこでやっと気づく。
『楽···これ私に渡す前に振ってたんでしょ!!』
楽「気付くの遅せぇよ、ばーか」
『イタズラするとか、サイテー···着替えないのにどうすんのよ、まったく』
その辺にある布巾であちこちを拭いながら言えば、おじいちゃんが着替えならあるぞ?と手招きをする。
「楽も子供みてぇな事しやがって。せっかく手伝ってくれてんのになぁ?嬢ちゃん、ちょっとこっちに来い?···婆さん!ちょっと頼むわ」
おじいちゃんが奥の部屋に声をかけると、痛めた片足をやや引き摺りながら楽のおばあちゃんが顔を出した。
「このイタズラ坊主が嬢ちゃんにやらかしたから、なんか着替え出してやってくれんか?」
「あらあら···それはごめんなさいね···こっちにいらっしゃい。着替えを出してあげるから」
『すみません···お世話になります』
使っていた布巾を楽にポンッと投げて、おばあちゃんの後に着いて部屋へとお邪魔させて貰う。
けど。
歳の割りには···と言ったら失礼だけど、スラリと背の高いおばあちゃんの服は、どれもこれも私には大き過ぎて。
結果···最終的には、1枚のサイズの大きなTシャツとお店の制服を借りて着ることになった。