第11章 スタートライン
瞬きも忘れる勢いで言えば、社長はイスからスっと立ち上がる。
小「万理くん、僕は···そろそろ万理くんの居場所を公開してもいいんじゃないかな?とは思ってるんだよ。ただ、万理くんの気持ちを最優先にしたいから言わなかったけど···まだ、難しいかな?」
「社長···」
大ケガをして千たちの前から黙っていなくなった俺を拾ってくれた社長には、返しきれない恩と、感謝の気持ちはある。
けど···
「まだ···千の前には出るわけには行かないんですよ。俺もいつかはって考えたりはしましたけど、軌道に乗って活躍している千や百くんには、これからもずっと仲良しで、お互い支え合って頑張って欲しいんです。だから、まだ···」
小「分かった。万理くんにはこれからもずっと、この小鳥遊プロダクションで有能事務員として在籍して貰いたいから、いまの僕のひとりごとはなかったことにしよう」
「すみません···それから、ありがとうごさいます社長」
俺は、音楽を捨てた訳じゃない。
音楽自体は、離れたこともあったけど···
でも、音楽で生きていくよりも裏方でサポートする方が楽しくなって。
音楽をやりながら、よりも。
音楽に囲まれて、の方が俺らしいかな?って思ったから。
いつか千に言った事があったっけ。
俺はいざとなったら会社員をする事が出来るけど、お前は音楽をやめたらヒモになるしかないんだそ!とか。
いま思えば、俺も随分な事を千に言ったなとは思うけど。
百くんと歩き出したRe:valeを見れば、やっぱり千には···音楽が1番なんだ。
だからいまは、もう少しだけ···このまま。
「社長を残して先に事務所を出るのは後ろ髪が引かれる思いですけど···お先に失礼します」
小「お疲れ様、万理くん。また明日もよろしくね?」
「もちろんです、社長」
お互い笑いあって、それから社長に丁寧にお辞儀をして。
また明日も、誰より早く来てまずは窓拭き掃除から始めるかな?なんてガラスをひと撫でしながら事務所を後にした。