第11章 スタートライン
「これから前髪を切るというのに、目を開けたままでいられると切るに切れません···閉じて下さい」
『あっ、確かにそうですよね!じゃあ···』
無防備な距離のまま、佐伯さんがなんの躊躇いもなく目を閉じ顔を少し上に向ける。
『一織さん、これでいいですか?』
「いいもなにも、そうして貰わないと危な···」
時間が、止まる。
か···カワイイ···ではなくて!
もしかして?とは思っていましたが···本当に今日はノーメイクだったとは···
いえ、寮にいる時も仕事や外出がなければノーメイクで過ごしているのは何度も見てますが。
こんなに近い距離で。
しかも、私が前髪を掻き上げた状態で。
それを目の当たりにするとは···思いませんでした。
職業柄、きちんとスキンケアされているキメ細かい肌に、それから···長いまつ毛。
ノーメイクだと、実際は私より幾つか年上のはずなのに、実年齢よりもずっとずっと幼く感じさせていて。
『一織さん?まだですか?』
目を閉じさせたのにハサミを入れない私に、佐伯さんが催促して来る。
『は・や・く~』
この状況でそんな催促は、まるで別のなにかを待たれているような気がして、彼女の顔から視線が外せないままに固まってしまう。
こんなにあどけなくお強請りをされたら、それは大神さんや、それからRe:valeのお2人が甘やかしてしまうのが分かるような気もします。
前の事務所で一緒だったTRIGGERのメンバーにも、可愛がられているようですし。
ハァ···では、切りますか。
サラサラと指先から抜け出す髪を掬い直し、そっとハサミの先を当てながら顔を近付ける。
『あ、そうだ!』
「ぅ···わぁっ?!」
いざハサミを動かそうとした瞬間、急に佐伯さんが目を開け至近距離でバッチリと視線が絡んだ事に驚いて、ガタッと音を立てながら体を思いっきり引く。
「なんですか急に!いざこれからと言う時に目を開けられたらなにも出来ないじゃないですか!」
『すみません···長さとかアレンジは一織さんにお任せしますって、言うの忘れちゃったなって思ったから』
私は素人ですよ?と言いかけて、やめる。
自分の手で可愛らしさをそれとなく実現出来るなら、堂々と出来ますからね。