第11章 スタートライン
姉鷺さんが楽たちを連れて立ち去った後、千も、百ちゃんも···それから社長も、なにも言わずにただドアの外を見続けている。
さっき···百ちゃんがいつもの感じで抱きしめて来た時。
体が瞬時に、拒絶した。
気持ちよりも、先に。
百ちゃんがイヤだったわけじゃない。
だけど、いま誰かに触れられるのが、怖くて。
それを感じ取ったのか、百ちゃんはすぐに腕を解いたけど···寂しげな顔を見せた百ちゃんに、胸が痛んだ。
時間が経って落ち着いたら、大丈夫になるとは思う···けど。
待って。
誰かに触れられるのは確かに怖い。
なのに···どうしてさっき楽の時には大丈夫だったんだろう。
楽のジャケットを見つめながら、ぼんやりと考えてみる。
楽は私を見つけて···誰よりも先に駆け寄って来てくれた。
社長よりも、先に。
うっすらとしか思い出せないけど、でも確かに楽だった。
やっと緊迫した状況から解放される。
楽に抱きとめられた時、ふわりと漂った楽の香りに安心して···
···香り?
ただ、それだけで?
···違う、かな?
あの時、掛かってきた電話で声を聞いたのが楽で。
助けを求めたのは、私で。
すぐ行くからと言ってくれたのは、楽で。
だからきっと、楽が来てくれたからって···安心、したのかな?
肩から掛けられた楽のジャケットにそっと顔を埋めて、いまも尚、ふわりと漂う香りを確かめてみる。
なんだろう···やっぱりどこか、安心する···気がする。
百「マリー、なにしてんの?」
『百ちゃん···あの、ね?ちょっと、いいかな?』
ひょいっと私を覗く百ちゃんにたどたどしく腕を伸ばし、その胸に顔を寄せてみる。
触れられるのは怖くても、自分からだと距離感が掴めるから大丈夫···っぽい。
鼻先には百ちゃんらしい、爽やかな香りがして。
この香りは、いつも百ちゃんがふざけて私をギュッとした時に慣れ親しんでる香りで。
百「あー···えっと、マリー?オレとしてはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、さ?···ほら見て、ユキの怖い顔···」
最後の方は声を小さくして言う百ちゃんに小さく笑いながら千を見れば、冷静を装っているようでも、微かに眉を寄せて私たちを見る千がいた。
『千も、ちょっとだけ···いい?』
千「好きなだけどうぞ?」