第11章 スタートライン
『痛···』
膝を押さえながらドアの方に顔を向ければ、さっきまで優しそうな顔をしていたスタッフさんが表情を変えながら後ろ手でドアを閉める。
ガチャリ···と冷たく響く音は、確認するまでもなく鍵を閉めた音で。
『どう···して···?』
ドアが閉められたせいでまだ目が暗闇に慣れず、ただそのドアの隙間から薄らと漏れてくる光だけを頼りにスタッフさんを見続けた。
「アンタさ。ほんっとお人好しって言うか、警戒心がなさ過ぎるっていうか?···バカだろ?スタッフの顔も覚えてないのか?」
そう言われても番組に携わる関係者はたくさんいて、今日初めて顔を合わすようなスタッフさんだって···
待って···じゃあ、いまここにいる人って、誰なの?!
正体不明な相手を前に途端に恐怖が襲い、立ち上がることも出来ないまま鞄を抱えてズリズリと後ろに下がれば、相手も同じ距離ずつ···ゆっくりと近付いてくる。
「なんにも疑わずに誰だか分からないヤツにこんなトコまで連れて来られて、危機感ゼロなんじゃね?」
言われてみて、そこでハッとする。
スタッフさんだったら···ちゃんとスタッフパスを首から掛けているはずなのに、そんな事も確認しないで···小鳥遊社長の名前を出されて、疑うこともなく
ついさっき、千や百ちゃんに同じことを言われたばかりだと言うのに···それなのにもう、こんな危機的状況に置かれている自分が情けなくて視界が滲んでくる。
「ま、いいや。そういう怯えた顔を堪能させて貰うのも···楽しい時間になりそうだ」
『な、にを···』
逃げなきゃ···そう思っても体が思うように言うことを聞いてくれない。
ズリズリと下がりつつも、いっそ壁に背中をつけてしまえば···後は前方だけに集中していればなんとかなる···そう、思った矢先に。
行き止まった背後···そこに壁なんてなく。
「残念でしたぁ!はーい、捕まえた!」
相手はひとりじゃなかった?!
『はっ、離して!!』
背後から抱えられるように捕まえられた体を捩り、いま出来る精一杯の抵抗をする。
「このっ···暴れるんじゃねぇよ!」
「おい、あんま手荒にすんなよ?楽しみが減るだろうが···なぁ、アンタもそう思うだろ?」
前に片膝をついた相手が私の頬線を辿る指先の感触がヌルりとしていて···気持ちが悪い。