第11章 スタートライン
『またそんなこと言って困らせるとか···ほら、受け取るだけでも』
ね?と促して、どうしても受け取らない千の代わりに私が彼女からそれを受け取った。
千が飲む飲まないは別として、せっかく持ってきてくれたんだから。
『ねぇ千?千がどうしても飲まないって言うんなら、私が貰ってもいい?Re:valeのステージの熱気で、私も少し喉乾いたなぁ···とか思ってたんだよね』
千「ダメ。そんなに喉乾いてるなら僕たちの楽屋で、僕が飲み物を用意してあげる···行くよ」
千は私の手からペットボトルを奪うように取り奏音さんに押し付けるように返すと、私の手を掴んで歩き出した。
楽屋に着くと、千は百ちゃんまでが入ったのを確認してドアを閉める。
『千、さっきみたいなのって良くないと思うよ。飲みたいものが違うとしても、せっかく持って来てくれたんだよ?』
離された手で解れた髪を耳に掛けながら言えば、千は表情を無に変えて私を見る。
千「じゃあ、聞くけど。愛聖、もし渡されたものに何か仕込まれていたらどうする?」
『そんなことある訳ないでしょ?ドラマや映画じゃあるまいし、そもそもあのミネラルウォーターはスタッフさんが用意したものだったじゃない。それに、百ちゃんは今、飲んでるし』
ねぇ?と横を見れば、百ちゃんはストローに口を付けたままウンウンと頷いた。
千「じゃあ聞き方を変える。ドラマや映画でもないのに、鍵を掛けたはずの楽屋が荒らされている状況の中で、信用出来ない人間から渡されたものを口に出来る?」
···百ちゃんは飲んでるけど。
『それは千の考えでしょ?私は別に、彼女の事を疑ったりしてな···』
ふと、思い出す。
トークの途中で彼女から香ったインクのような匂いの事を。
あの時は確かに、ふわりと香る女性らしい香りの中に···ツンとした、インクか塗料のような匂いが漂った。
もし···楽屋をあんな風にしたのが彼女だとしたら。
考えたくはないし、証拠もないのに疑いをかけるなんて、それはそれで嫌だとは思うけど。
でも···
千「どうした、答えられないのか?」
『ち···違···』
切り裂かれて真っ赤に染まっていた衣装。
荒らされた部屋。
鏡に殴り書かれた、文字。
あれは···どういう意味を示しているんだろう。