第10章 不測の事態
提出した歌詞を何度もゆっくり読み込みたいからという千にノートを預け、紡ちゃんと遅くならないうちに、と自分たちの帰るべき場所へと戻って来た。
まだ仕事があるからと言う紡ちゃんと一緒に事務所へ顔を出せば、就業時間はとうに過ぎてるのに万理が残っていて。
『そこの有能事務員さん?就業時間は過ぎましたよ?』
わざともたれ掛かるようにして言えば、なんだ愛聖か···とパソコンを打ち込む手を止めた。
万「大丈夫だよ。ちゃんと就業時間に合わせて勤怠は打ってるから」
『そうなの?じゃあこれって、いわゆるサービス残業ってやつ?』
万「そう言ったら聞こえが悪いだろ?だから俺の、自主的お仕事タイムって感じかな?」
いや、意味は同じでしょうに。
有能事務員を謳ってるのに、堂々とこの会社をブラック企業にするおつもりですか万理は。
···って言いたいところだけど、芸能プロダクションなんてどこのプロダクションも、ブラック企業どころか漆黒の···みたいな感じだから。
姉崎さんなんて毎日毎朝、お肌がぁ!とか言ってたしね。
万「ところで、愛聖はどうしてここに?社長に用事なら社長室にいるよ?」
『あぁ、私は別に用事があった訳じゃなくて、寄り道?って感じ。紡ちゃんがまだ少し仕事あるから事務所に帰るって言うから便乗して着いて来たの。もしかしたら万理くらいいるかなぁ?って思ったから』
万「正解!じゃあ賞品として紅茶でも入れてあげるよ」
そう言って席を立ちかける万理の肩を押して、またイスに座らせる。
『お茶なら私が入れてくるからさ、万理も紡ちゃんもお仕事終わらせちゃってよ?さっき帰り道で紡ちゃんと話してた時、美味しいお蕎麦屋さんがあるんだって聞いたから、今夜は私が皆さんにご馳走しようかと思ってるんだからさ?』
紡「えっ?!私そんなつもりでお話したんじゃ···」
ガタッと物音をさせて慌て出す紡ちゃんに、お腹すいたし今日だけね?と笑って見せる。
万「愛聖の奢りですか」
『ダメなの?』
う~ん···と考え出す万理の顔を覗いて、ね、どう?なんてまた聞いてみる。
万「たまにはいっか?ゴチになります!さぁて、仕事頑張るぞ~」
『それでよし!お腹空いたから早くね~』
パチパチと鳴り出すキーボードの音を聞きながら、私は給湯室へと歩き出した。