第10章 不測の事態
『あの時っていうのは?』
そう言うと百ちゃんは、一瞬ギュッと目を閉じてから私をまっすぐに見た。
百「ライヴ中に···バンさんに照明が落ちて来た、後に···」
苦しそうに話す百ちゃんの言葉に、背筋がヒヤリとする。
ずっと前に千が話してくれた時、万理から流れ出る血が···千のシャツも、手も···真っ赤に染めたんだ···って言ってたから。
何気なく、百ちゃんが見た千の姿を思い浮かべて自分の両手のひらを見つめてみる。
もし···
この手のひらが真っ赤に染まっていたら。
もし···
何度も思い出しているとしたら。
···どれだけ苦しいんだろう。
それこそ、夢に見ちゃ·········夢···?
ハッと我に返り、思わず百ちゃんの顔を見る。
千の家に百ちゃんが泊まった時にうなされてたっていうのは、もしかして···それを夢に見てたんじゃ···?
千は万理が大怪我をしたステージに一緒に立っていたんだから、そのショックはとても大きかったはず。
一緒に曲を作って、一緒に歌ってたパートナーが、目の前で···だなんて、相当な衝撃だよね。
そしてその後、そのパートナーだった万理が忽然と姿を消してしまって。
その事が千を少しの間、音楽から離れさせた。
千はいまでも、万理を探してる。
それは過去のRe:valeをどうにかしたいとかじゃなくて、ただ···千は···
『百ちゃん···私、千の所に行ってくる』
百「え···?」
訳も言わず、百ちゃんに背を向けてドアから出る。
ノックもなしに千が寝てる部屋のドアを開けるのは無粋かもしれないけど、そんな事にこだわっていられない。
だって千がいま苦しんでいる理由に、私も関わってるんだから···
ドアを開けて中を覗けば、そこには百ちゃんが言ってたようにうなされている千の姿があって。
千「モモ·········万···」
堪らず駆け寄り···空を切るように伸ばされた千の手をそっと包むと、その気配に気が付いたのか、千が目を覚ます。
『···千』
千「愛聖?···どうした?なんで泣いてるんだよ」
指先で私の頬を払いながら、千が悲しげに微笑む。
『いつか、その日が来たら···怒っていいから』
千「僕が···怒るの?」
寝起きで僅かに掠れた声で言う千に、私は黙って頷いた。